最後の角川春樹 伊藤彰彦著

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最後の角川春樹

『最後の角川春樹』

著者
伊藤 彰彦 [著]
出版社
毎日新聞出版
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784620327105
発売日
2021/11/19
価格
2,090円(税込)

書籍情報:openBD

最後の角川春樹 伊藤彰彦著

[レビュアー] 藤井克郎

◆「まつろわぬ者」に迫る

 角川春樹という人には、そんなに思い入れはない。確かに、出版の世界から一九七〇年代後半に映画界に進出し、市川崑をはじめ、大林宣彦、森田芳光といった名匠巨匠の代表作を次々と世に放った功績は疑いようもない。高校のころ、テレビで流れていた「読んでから見るか、見てから読むか」のキャッチコピーは、今も耳に刻み込まれている。

 だが評者が新聞社で映画担当になった九〇年代以降は、その威光にも影が差してきていたように思う。九三年には麻薬取締法違反などの容疑で逮捕され、有罪が確定。角川書店社長の座も追われた。

 その程度の認識だったが、評者と同世代である著者の思いは桁違いに熱い。当人に関するあらゆる書物、すべての映画を調べ上げ、関係者に話を聞くなど準備を整えた上で、二年間のべ四十時間ものインタビューに臨んだ。書名に「最後の」とあるように、覚悟のほどが尋常ではない。

 例えば映画の宣伝を出版と連動させたくだりで、映画の割引券になっていた本のしおりの裏面に、原田知世作品は東芝、薬師丸ひろ子作品は資生堂の広告が入っていたことを指摘すると、角川は「よく覚えているね」と感心する。あまりの徹底ぶりに、どんどん興が乗ってきていることが行間から伝わってくる。

 中でも著者が角川春樹を読み解くキーワードの一つに挙げる「まつろわぬ者」への言及が興味深い。権力に従わない抵抗者を意味し、諏訪大社が祀(まつ)る建御名方神(たけみなかたのかみ)など、その属性がある英雄に心ひかれることを本人も認めるが、逮捕されたときに容疑を全面否認した角川について、著者は記す。「『まつろわぬ者』に親和性を抱く者から、まつろわぬ者そのものになった」と。

 二〇〇四年に刑務所を出所してからは、かつての激しさは鳴りを潜め、出版人、映画人、俳人として穏やかな日々を送っているように見える。だが「まつろわぬ」精神を失ったわけではないことは、こんな発言からもうかがえる。「私は生涯現役、生涯不良ですから、これからまだどうなるかわかりません(笑)」

(毎日新聞出版・2090円)

1960年生まれ。映画史家。著書に『映画の奈落 北陸代理戦争事件』など。

◆もう1冊

角川春樹著『わが闘争』(ハルキ文庫)。壮絶な人生をつづる。

中日新聞 東京新聞
2022年2月13日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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