『嵐 他二編』
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男やもめが四人の子供を育てていく
[レビュアー] 川本三郎(評論家)
書評子4人がテーマに沿った名著を紹介
今回のテーマは「父」です
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島崎藤村は明治四十三年に妻の冬子を亡くしたあと、残された四人の子供を育てることになった。
大正十五年に「改造」に発表された『嵐』は、男やもめとなった「私」が子供たちを育ててゆく家庭小説。
大正時代を舞台にしている。一家は、東京の飯倉(現在の東京タワーの近く)の坂下にある借家に住む。
藤村はよく知られるように姪と過ちを犯し、その責めから逃れるようにフランスに渡った。
物語では帰国後の「私」が他家に預けていた四人の子供を引取り、坂下の家で暮す生活が描かれてゆく。
四人の子供は、男の子が三人と女の子が一人。それぞれ成長期にある。
「婆や」や「下女」がいたが、妻を亡くした中年の男が四人の子供を育ててゆくのは大変だろう。
それでも「私」は子供たちの成長を楽しみにしているから苦にならない。父親と母親の一人二役を穏やかにこなしてゆく。
「私」の言葉を借りれば「餌を拾う雄鶏の役目と、羽翅をひろげて雛を隠す母鶏の役目とを兼ねなければならなかった」。
作家の仕事はもちろん続けている。「私」にとって子育ては男やもめの楽しみごとになっている。
そして成長した長男を故郷の信州に帰農させ、絵の好きな次男も一緒に住まわせ「半農半画」の暮しをさせる。みごとに育て上げた。
昭和三十一年に稲垣浩監督によって映画化。笠智衆が、父と母の二役をこなす主人公を好演した。