『満洲国グランドホテル』
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満洲国グランドホテル 平山周吉著
[レビュアー] 佐藤卓己(京都大学教授)
◆著名人らに映る実験国家
満洲国(一九三二〜四五)は関東軍が実権を握る、大日本帝国の傀儡(かいらい)国家であった。とはいえ、そこには「五族協和」の理想を信じる日本人も確かに存在していた。昭和の日本人による多民族国家の実験は悲劇的な結果に終わるが、この壮大な失敗から令和の日本人が学ぶべきことは今なお多い。満洲国史はもう一つの「昭和史」だからである。
この「実験国家」をバランスよく正確に理解すべく、著者は斬新な工夫をほどこしている。一つの舞台に多くの人物が次々に登場し、おのおのの物語が同時進行する「グランドホテル形式」と呼ばれる映画の構成法である。その名作『グランドホテル』がアメリカで公開された年、満洲国は建国を宣言している。
この構成法により、第一回「昭和十三年秋、小林秀雄が満洲の曠野でこぼした不覚の涙」から第三十六回「『北海道人』島木健作が持ち帰った一匹の『満洲土産』」まで五百頁(ページ)を超える大著は、まさに巻を措(お)く能(あた)わずの読み物となっている。
これまでの満洲ものでスポットが当たるのは「二キ三スケ」(東条英機、星野直樹、松岡洋右、岸信介、鮎川義介)、さらに張作霖爆殺事件の河本大作、満州事変立案の石原莞爾、満映理事長の甘粕正彦あたりだろう。彼らは本書でもあちこちで登場するが、その行動は意外な人物の視点で多角的に検証されている。「満洲国のゲッベルス」武藤富男や「新幹線の父」十河(そごう)信二など著名な官僚や経済人も登場するが、本書の特徴は個性的な作家(八木義徳・榛葉英治など)、映画俳優(原節子・笠智衆・木暮実千代など)をフィーチャーしていることだ。
それ以上に注目すべきは、多くのジャーナリストの政治的行動が活写されていることだ。『東洋経済新報』石橋湛山、『ダイヤモンド』石山賢吉、『東京日日新聞』岡田益吉、『報知新聞』小坂正則、『時事新報』森田久、『大阪朝日新聞』武内文彬、『満洲日報』島田一男、『満洲新聞』和田日出吉などである。満洲国は情報宣伝の実験場でもあった。彼らの戦後に続く活躍も決して不思議なことではないのである。
(芸術新聞社・3850円)
1952年生まれ。雑文家。著書『昭和天皇「よもの海」の謎』『江藤淳は甦える』など。
◆もう1冊
安彦良和著『虹色のトロツキー』(中公文庫の全8巻など)。『満洲国グランドホテル』でカバー絵を担当した漫画家が、旧満州を舞台に描いた大作。