三島由紀夫賞受賞、世界的劇作家・岡田利規による小説集『ブロッコリー・レボリューション』

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ブロッコリー・レボリューション

『ブロッコリー・レボリューション』

著者
岡田 利規 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784103040521
発売日
2022/06/30
価格
1,980円(税込)

書籍情報:openBD

自己に内包され続ける、他者の物語

[レビュアー] 高山羽根子(作家)

 個人が、視覚、嗅覚、手触りや歯触りといった個人的な経験によって、大きな世界というか社会に接続していくダイナミズム。この短編群の中に通底している魅力のひとつ(それは、たくさんある豊かな良さのうちのほんのひとつだけれど)に、それがあった。

 たとえば「楽観的な方のケース」で新規オープンしたパン屋さんのバゲットの歯触りが、世界に流通する小麦の高騰に繋がっていくときの、はっとする鮮やかさ。それらの鋭さが、表題作の「ブロッコリー・レボリューション」では一層強く、印象深いものになっている。

「ブロッコリー・レボリューション」は、日本とタイが物語の舞台になっている。“ぼく”と一緒に暮らしている日本から、だまって逃げた“きみ”は、タイのアパートメントタイプのホテルでしばらくひとり暮らしをする。この些細なことが起こった時期は2018年で、ロシアでサッカーのワールドカップが開かれているころであり、東京ではオリンピック・パラリンピックのムードが高まっている。きみは、ひとり降り立った軍のある国、タイのバンコク街中に飾られる王族の肖像写真を、想像の中で日本の天皇や皇族に置き換え、あるいはオリンピックのポスターを思い出している。そうして日本に残っているぼくは、きみとの関係性を思い、きみが逃げたということに向き合う。

 明かされるこれらの断片から、きみとぼくの二者のあいだに、日本でかつて起こっていたらしき緊迫した関係が読み手の側にもくっきりと見えてくる。その、閉じた鮮やかさは、やはり個の物語が世界に接続するビジョンを持っている部分にこそ生まれうるものだと思える。日本でのテロリズムや、ロシアのサッカースタジアムに乱入したプッシー・ライオットのメンバーの姿といったもの。

 そうしてこの物語の重要なもうひとつ、これは他者の内包性だろう。分かり合うことのできない他者の視線が、自己の物語の中にわかちがたく内包されている。この、考えてみれば創作をする上では、というか生きて思考をする上ではごく自然に生まれうる矛盾めいた状況が、物語の重要な推進力になっている。きみの足の裏に感じる、部屋の床のぺっとりとした感触や、料理の歯触り、景色や温度、匂いといったものが、日本のぼくの閉塞感の中で語られることで、強いスペクタクルになる。

 きみは、タイで出会ったレオテーという友人とのあいだで「人類総ツーリスト化計画」について意見を衝突させる。レオテーは人はみな旅人であるべきだというきみの考えに、ミドルクラスの人間の甘ったれた妄想だ、と断言する。この衝突に、物語のとても重要なスパークがある。

 ひとりの思考の中に内包される相反する意識についての対立と、その緊張。そうしてまた、個人の体験がそのまま社会に接続される鮮やかさ。これらは演劇的という訳ではなく、この書き手の持つ、おそらく、非常にまれな特別性だ。

河出書房新社 文藝
2022年秋季号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

河出書房新社

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