市街地で発砲、全国に2万人超 暴対法施行から30年の現状

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山口組分裂の真相

『山口組分裂の真相』

著者
尾島 正洋 [著]
出版社
文藝春秋
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784163915449
発売日
2022/05/25
価格
1,650円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

市街地で発砲、全国に2万人超 暴対法施行から30年の現状

[レビュアー] 緒方健二(短大生・元朝日新聞編集委員)

 生まれたばかりの赤ちゃんが大人を虜にする笑顔を「生理的微笑」と呼ぶ――。短大でそんなことを学んでいるさなか、本書の書評を頼まれた。

 著者とは、会社は異なるがともに新聞記者時代、似た分野を取材した時期がある。当然だが相手がどこのどなたであれ、直接取材を旨とする姿勢が同じだった。不得手なピアノの練習時間を削り、この依頼を引き受けた。

 国内最大の暴力団「山口組」が2015年8月に分裂した。本書は、その背景や余波、警察の対策を警察当局と暴力団側への綿密な取材で克明に描き、暴力団を知るうえでの良質な参考書にもなっている。

 分裂は身勝手な論理に基づく「抗争」を呼ぶ。過去の抗争では一般市民が巻き添えになり殺された事例が少なくない。そんな事態を防ぐため、私も当時、関係組織の動向把握などの取材に努めた。

 だが抗争は続発した。警察庁の資料「組織犯罪の情勢」によると、山口組と、分裂して結成された神戸山口組との間で16年3月から21年末までに23都道府県で86件の抗争事件があった。

 19年11月に兵庫県尼崎市で神戸山口組幹部が射殺された事件で、起訴された山口組系元組員が使った凶器は殺傷能力の極めて高い銃だ。本書は「『М16』と呼ばれる米軍が公式に採用している自動小銃」と説明する。

 これらの事件について本書は組織の思惑や警察の危機感を生々しい証言を交えて詳述している。著者には、稿を改めて警察への厳しい指摘を望む。抗争を未然に防ぐ情報収集の甘さや、違法な銃器が出回り使われることへの批判だ。

 前掲資料によると警察が21年中に暴力団側から押収した拳銃は31丁、09年の5分の1だ。当局は低調な理由を「隠し方が巧妙」と説明するだけで、打開に向けての決め手を示せないでいる。

 神戸山口組から分裂、17年にできた「任侠団体山口組(現・絆会)」のある傘下組織組長は「山口組に戻った」と私に明かした。神戸山口組の中核組織も復帰、本書でいう「最終局面」はこの動きを指すようだ。

 減り続けているとはいえ暴力団勢力は全国に約2万4千人いて、特殊詐欺や覚醒剤流通でも市民生活を脅かす。暴力団対策法施行から30年の今年の現状だ。

 本書の「主役」たちの写真が表紙に並ぶ。彼らにも生理的微笑で周囲を和ませた時期があったはずだ。子どもを、社会を守るために暴力団はなくさなければならない。一短大生の背中をも本書は押してくれた。

新潮社 週刊新潮
2022年10月6日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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