文芸評論家・細谷正充がセレクトする、2022年の傑作エンタメ小説8選

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ニューエンタメ書評

[レビュアー] 細谷正充(文芸評論家)

文芸評論家・細谷正充がセレクトして紹介する新エンタメ書評。今回は2022年に刊行されたエンタメ小説の中から、1年を締めるに相応しい傑作を紹介します。

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 まだ二ヶ月ほどあるが、そろそろ今年も終わりが見えてきた。世界も日本も大変な一年であった。などといいながら、仕事に影響するようなことはなく、個人的には一安心。相変わらず本の出版点数も多い。だから無駄口はこれくらいにして、片っ端から面白い作品を紹介することにしよう。

 直島翔の『警察医のコード』(角川春樹事務所)は、NYの検視局でキャリアを積み、帰国して法医学研究所を設立した法医学者・幕旗治郎を主人公にしたミステリーだ。神奈川県警と警察医契約を結び、事件性のある死体と向き合い、意外な事実を暴き出す。非常に有能な幕旗だが、独自の戒律を持ち、さらに脳が見せている死者と会話をする。助手として雇われた小池一樹は、そんな彼に振り回されるのだった。

 本書には「見守りびと」「秘密の涙」「呼び名のない父親」の三篇が収録されている。冒頭の「見守りびと」は、横浜の大岡川の河口付近で、ミイラ化した女性の遺体が発見される。いつ死んだのか。なぜミイラ化したのか。なぜ今になって遺体が現れたのか。この謎が強烈。事件を担当する捜査一課の〈ジェンダー班〉の面々もユニークであり、幕旗に負けない存在感を主張。真相も意表を突いており、上々の滑り出しである。

 続く「秘密の涙」も面白いが、やや事件が大人しいかと思っていたら、ラスト一行で爆弾が破裂。そして「呼び名のない父親」で、幕旗のある事情が明らかになるのだ。本書で綺麗にまとまっているが、幕旗のキャラクターを一冊だけで終わりにしてはもったいない。シリーズ化を強く希望したいのである。

 嶺里俊介の『だいたい本当の奇妙な話』(講談社文庫)は、中堅ホラー作家の“ヒトさん”こと進木独行の体験してきた、奇妙な話を並べた短篇集だ。実話怪談のラインを狙っているようだが、内容はバラエティに富んでいる。ホラーとして優れているのが、「おーい」だ。友人の持つマンションの心理的瑕疵物件(部屋の窓から住人が飛び降りて死んでいる)を勧められたヒトさんが、霊と遭遇して危機に陥る。「視える」や「聞こえる」など、「感覚が研ぎ澄まされて霊感にまで伸びるのは五感の一つだけらしい」という、霊能力の設定がユニークだ。そしてヒトさんが持っているのは、聴覚の霊感である。この霊感に、別の霊感を加えることにより、実に怖い話になっている。

 一方、奇妙な話では「酷似した応募作──エヌ氏の体験談──」が、抜群に面白い。ヒトさんが企画の打ち合わせの席で、担当編集者のエヌさんから聞いたのは、新人賞の応募作に、よく似た内容のものが三本もあったというものだった。はたしてその真相は何かと思っていたら、意外な方向にストーリーが捻られる。作家にとっての悪夢というべきか。これが本当に実話だったら、なんとも居たたまれない話である。

 テレビアニメ化された人気作『後宮の烏』(集英社オレンジ文庫)で知られる白川紺子が、新シリーズを開始した。『花菱夫妻の退魔帖』(光文社キャラクター文庫)だ。物語舞台は、大正九年の東京。侯爵令嬢の瀧川鈴子は、訳あって浅草で「千里眼」を生業としていた過去を持ち、今は怪談蒐集を趣味にしている。そんな鈴子が、芸妓の悪霊を目撃した日、花菱孝冬という青年と出会う。神職華族である花菱男爵家の次男だ。彼は、花菱家の先祖だという、十二単を纏う怨霊“淡路の君”に、悪霊を食わせていた。どうやらそれが花菱家当主の務めであり、怠れば自分が淡路の君に食われてしまうらしい。孝冬から求婚され、否応なく夫婦になった鈴子は、彼と共に、さまざまな怪異にかかわっていく。

 最初からシリーズ化が決まっていたからだろうが、主人公夫婦の設定がてんこ盛り。鈴子と孝冬の両方に重い過去があり、さらにリンクする可能性もある。悪霊絡みの騒動を解決しながら、じりじりと接近していく夫婦の仲と、どんどん広がっていくストーリーにワクワクしてしまう。来年の五月に刊行予定の、第二巻が楽しみだ。

 満洲を舞台にした大作『地図と拳』(集英社)から一転、小川哲の最新刊『君のクイズ』(朝日新聞出版)は、二〇〇ページにも満たない短い長篇である。だが、物語の密度は濃い。題材となっている“競技クイズ”を、とことん突き詰めているからだ。

 生放送のクイズ番組『Q─1グランプリ』の決勝戦は、理解不能な形で終わった。ファイナリストは“僕”こと三島玲央と本庄絆。あと一問を正解した方が勝利者となる。だが、最終問題が読まれる前に絆がボタンを押し、正解を答えて優勝したのだ。なぜ絆は、「ゼロ文字解答ができたのか」。この謎に玲央が挑む。

 クイズ番組を見ていると、その回のテーマや、全体の傾向から、次の問題を予測できることがある。しかし『Q─1グランプリ』には当てはまらない。どう考えても「ゼロ文字解答」は不正としか思えないのだが、玲央はファイナルの流れや絆の人間性を検証して、真実に迫っていく。競技クイズのあれこれや、クイズに熱中する玲央の人生が、読みどころといっていいだろう。いうまでもなく「ゼロ文字解答」の真相も、きちんと解かれる。エンターテインメント・ノベルの題材は尽きることがないと、あらためて実感させてくれる、異色のクイズ・ミステリーだ。

 辻真先の『思い出列車が駆けぬけてゆく 鉄道ミステリ傑作選』(創元推理文庫)は、一九八三年から二〇一一年にかけて、各種雑誌に発表された鉄道ミステリーをまとめた短篇集だ。鉄道の扱いはさまざまであり、舞台になったりトリックになったりする一方、彩りとして列車が登場するものもある。個人的なベストは「オホーツク心中」。かつて恋人と心中しようと海に入った神坂なごみ。しかし彼女は、何者かに助けられた。なごみを助けたのは誰か。娘の遠音が真実を知ったとき、新たなドラマの幕が上がる。エキセントリックななごみのキャラクターが興味深く、母親に振り回される遠音に同情していたら、そんなことになってしまうのか! いや、驚いた。その他、辻ワールドではお馴染みの可能克郎が、老嬢から終戦直後の東京駅での出来事を聞く、「東京鐵道ホテル24号室」もよかった。

 なお、続けて読んでいると、日本の鉄道の歴史をたどっているような気持ちになれる。ここも本書の魅力なのだ。本書の編者・戸田和光の、鉄道に関する詳細な解説も有難い。

 インターネットの投稿小説は、連載を始めたはいいが、途中で中断して未完になる作品が多い。だが、幾つもの面白い作品をきちんと完結させている作者もいる。そのひとりが守雨だ。ネットでの連載を経て、商業出版された『手札が多めのビクトリア』第一巻(KADOKAWA)も、面白い物語である。

 ハグル王国のトップ工作員のクロエは、上司の裏切りを知り、自らの死を偽装して失踪。隣国のアシュベリー王国で、一般市民のビクトリアに成りすます。ただし、ここでの暮らしも腰掛けのつもりだった。だが、母親に棄てられたノンナという少女を引き取り、さらに第二騎士団団長のジェフリーと知り合った。さまざまな事件や騒動に、巻き込まれたり、首を突っ込んだりしながら、ビクトリアは新たな日常に愛着を深めていく。

 トップ工作員だったビクトリアは、多彩な能力を持っている。それを密かに発揮しながら、普通ならば大変な事態を、軽やかに乗り越えていく。手札の多いヒロインの躍動が愉快痛快である。

 また、ビクトリアと周囲の人々との、温かな関係が気持ちいい。なかでも、ノンナとの親子の絆と、ジェフリーとの恋愛が、大きな読みどころ。著者プロフィールに“「読後に優しい気持ちになる小説」を心がけて書いています”とあるが、まさにそのような作品なのだ。

 降田天の『事件は終わった』(集英社)は、地下鉄S線内無差別殺傷事件にかかわった人たちの、その後を描いた連作集だ。突然、刃物を振り回した男によって、妊婦が切られ、助けに入った老人が殺された。犯人はその場で捕まり、事件そのものは終わった。だが、人々の暮らしは続く。第一話の「音」は、事件が起きたときに一目散に逃げた姿をネットにアップされ、SNSのバッシングにより引き籠りになった男が主人公。他人の目を気にし、苛立ちを母親にぶつける日々を過ごしていたが、奇妙な音を聴くようになり、原因を突き止めようとする。続く「水の香」は、切りつけられた妊婦が、霊がいると騒ぐようになり、夫が困惑する。どちらの作品もホラーの要素があり、ミステリーの謎と結びつくことで、独自のストーリーになっている。なかでも「水の香」は、ラストのサプライズが鮮やか。単純なネタなのだが、まったく予想できなかった。以後の「顔」「英雄の鏡」「扉」「壁の男」も優れている。今年はミステリーの収穫が多いが、本書もその一冊といっていい。

 西崎憲の『本の幽霊』(ナナロク社)は、地方・小出版流通センター扱いなので、あやうく見逃すところだった。たまたま出版されていることに気づき、ネットで検索したところ、アマゾンで購入できた。瀟洒な造本が素晴らしい一冊である。

 もちろん内容も素晴らしい。短篇とショートショートが六作収録されているが、どれも読みごたえあり。静謐な古書怪談ともいうべき表題作を始め、詩人のイベントに参加した主人公が幻想的な体験をする「ふゆのほん」、本を読まない市長の、本との出会いをファンタジックに描く「砂嘴の上の図書館」など、本好きならばニコニコしてしまう作品である。そして世界は儚く、だけど時たま美しい瞬間があると感じるのである。

協力:角川春樹事務所

角川春樹事務所 ランティエ
2022年12月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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