『すべてのことはメッセージ 小説ユーミン』
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スター誕生の瞬間! 綿密に描かれたデビューまでの軌跡
[レビュアー] 佐久間文子(文芸ジャーナリスト)
「すべてのことはメッセージ」というユーミンの歌詞は記号論なんだ、と説く人がいたことを、この本を読んで思い出した。
荒井由実という早熟の天才音楽家の人生を、一九五四年に生まれてから一九七三年にデビューアルバムを出すまでの十九年間に限って、小説として描いた作品である。時間の流れに沿って時代背景が綿密に描かれているので、才能豊かな少女が周囲から何を受け取り、自分にしかできない表現に変換し、道のないところに道を切りひらいていったか、そのプロセスを明らかにしながら、ひと息に読ませる。
子守りの女性の里帰りにくっついて行った山形・左沢の田舎道を歩いたところから小説は始まる。初めての、異文化との出会い、衝突だ。由実の人生を形作る出会いはその後も続く。八王子の実家、荒井呉服店には、立川基地から大きな車でアメリカ人将校の家族がやってきた。中学生のころから基地に出入りし、洋楽のレコードをいちはやく仕入れるようになり、はやりのグループサウンズを聞きに行ったジャズ喫茶でも、年上の男の子たちと対等に音楽談義ができた。
ピアノと清元。クラシックとポップス。音楽と美術。異なる二つのものの間を意識的に揺らぐように往還しながら、個性をつぶすことなく、少女は自分の表現をつかみとっていく。さまざまな音楽を受容し、それまでの音楽になかった圧倒的な新しさを獲得していた。まさにニュー・ミュージックである。
未知の若い才能に出会ったときの周囲の大人の反応もすばらしい。少し上の世代のグループサウンズの若者たちのように彼女が型にはめられることがなかったのは、周りを巻き込んで新しい音楽ジャンルをつくっていけるぐらい、彼女が持ち込んだ音楽が新しかったということだろう。スター誕生の瞬間をリアルに追体験することができた。