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春の時代小説祭り!! シリーズも長編も新刊文庫が勢揃い
[レビュアー] 縄田一男(文芸評論家)
武内涼の文庫書下し歴史巨篇、『謀聖 尼子経久伝』が第四巻の〈雷雲の章〉で、見事、完結した。最終巻に至っては七百頁を超える大部の一巻である。
大内家との抗争、毛利元就の台頭が続くなか経久が狙う「真の下剋上」は成功するのか。この四部作は文庫書下しということもあって本来の出来映えほど話題にならなかったが、信長に『下天は夢か』(津本陽)が、秀吉に『妖説太閤記』(山田風太郎)が、家康に『影武者徳川家康』(隆慶一郎)があるように、尼子経久に本書あり、というほどの傑作であることは間違いない。充実の戦国武将伝をお望みなら、この大作を強くお薦めする。読了の暁には満足のため息をもらすこと請け合いだ。
主人公は三浦命助であると聞いて、思わず膝を打った方はかなりの歴史通だと言っていいだろう。何しろこの命助、一万六千人を超える百姓を指揮し、一揆勢の先頭に立ち、盛岡藩に四十九箇条の要求を飲ませたというのだから恐れ入る。平谷美樹の『大一揆』(角川文庫)は、私の知る限り、命助を主人公とした唯一の長篇小説である。
作者がこの作品で描きたかったことは単なる一揆の成功ではなく、社会の下部構造にあって上部を変革しようとする百姓たちのたゆまぬ思いである。
なお、巻末の千原ジュニアの熱血解説も必読。
ラストは、辻堂魁の〈介錯人別所龍玄始末〉シリーズの第一巻『無縁坂』(光文社文庫)である。
主人公である龍玄は介錯人別所一門の名を背負い、切腹する侍の介錯を頼まれることがある。介錯をするということは、凄腕の剣客でなければならず、真のもののふでなければつとまる仕事ではない。しかし彼は、仕事柄“不浄”と差別され、“非情”と誤解される。
その龍玄が生と死の一瞬の交錯の中に生み出す美学と感動―それはもう涙なしには読めない士道小説の傑作である。同文庫では三月から五月にかけて三巻が刊行され、六月には単行本書下しが刊行されるという。その凜冽たる世界をとくと味わっていただきたい。