漱石の英語習得はなぜ「失敗」しなかったのか

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英語達人列伝II

『英語達人列伝II』

著者
斎藤兆史 [著]
出版社
中央公論新社
ジャンル
語学/英米語
ISBN
9784121027382
発売日
2023/02/20
価格
924円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

漱石の英語習得はなぜ「失敗」しなかったのか

[レビュアー] 渡邊十絲子(詩人)

 母語である日本語とおなじように外国語で自由な表現ができる人を見ると、気持ちがいい。人間は母語のふところに抱かれて育つものだが、外の世界に羽ばたく可能性ももっている。

 斎藤兆史『英語達人列伝II』に登場する8人は、英語の達人といって誰もが思い浮かべるような、夏目漱石や南方熊楠ももちろんいるが、それだけではない。たとえば柔道の嘉納治五郎。仏教学の先生で、日本文化の研究家でもあるジョン・スティーヴンズによれば、〈嘉納は、自分の母語でも英語でも、討論が上手であった〉〈多くの手紙を〔日英〕両言語で書いたが、文法的に正しく、要領を得ていて、わかりやすい〉(原文英語)。嘉納の書いた堂々たる英文を、ぜひ本書でご確認あれ。

 他には、英語で自叙伝『武士の娘』を書きアメリカで人気を博した杉本鉞子、学友である大江健三郎のノーベル賞受賞スピーチを英訳した山内久明も。

 本書タイトルに「II」とあるが、前著は20年以上前に出版された(新渡戸稲造、鈴木大拙らが登場)。その間に揺れ動いた日本の英語教育事情を踏まえて書かれた第二弾は、日本にいて英語を学んだ達人たちの学習法、つまり辞書を引く、音読・筆写をする、目についた英文表現を書きためるなどの地道な作業に注目をうながしている。日本人の英語学習を「失敗の連続」ととらえると方針転換をしたくなるものだが、地道にやった人たちは決して「失敗」なんかしなかったと、この本は教えてくれる。

新潮社 週刊新潮
2023年4月6日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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