『中世騎士物語』
- 著者
- ブルフィンチ,T. [著]/野上 彌生子 [訳]
- 出版社
- 岩波書店
- ジャンル
- 文学/外国文学、その他
- ISBN
- 9784003222522
- 発売日
- 1980/02/18
- 価格
- 1,155円(税込)
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社会正義を貫こうとする騎士たち
[レビュアー] 野崎歓(仏文学者・東京大学教授)
書評子4人がテーマに沿った名著を紹介
今回のテーマは「勝負」です
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西ローマ帝国の崩壊後、ヨーロッパ諸国を統べるだけの力をもつ支配体制は不在となった。弱肉強食の原始的な闘争の時代に舞い戻りかねない状況である。
だが、領主たちが勢力を争う混沌の中でも、社会正義を貫こうとする者たちがいた。それが騎士たちである。彼らの具現する騎士道の「正義感と寛大」のうちに、ヨーロッパは凛とした理想像を見出した。
ブルフィンチの『中世騎士物語』は、勝負の世界に生きる騎士たちの起源から説き明かし、試合のやり方や鎧、兜の種類を具体的に解説する。そしていよいよアーサー王と円卓の騎士たちの物語が紹介されていく。湖の騎士ラーンスロットの苦難、トリストラムとイゾーデの悲恋、騎士志願の少年パーシヴァルの冒険。西欧の文学芸術の源泉となってきた数々の有名な話が平明に語られている。なるほど彼らはたんに武力を競い、敵を倒すことだけに明け暮れていたのではない。そこには一種、神秘的なまでの精神の探求があったことがわかる。
ブルフィンチは19世紀アメリカの作家で、本業は銀行員。これはイギリスやヨーロッパの文化についての教養をアメリカ人にも広めようと書いた本だった。冒頭には、騎士道に法律の支配が取って代わり文官の時代が訪れたことを「慶賀しないではいられない」とある。民主国家の市民らしい意見の表明だ。とはいえ、だからこそ往時の騎士たちの活躍にいたく憧れをかきたてられもしたのだろう。