<書評>『愛媛県新居浜市上原(うわばら)一丁目三番地』鴻上尚史(こうかみ・しょうじ)著
[レビュアー] 青木千恵(フリーライター・書評家)
◆場所移れど変わらぬ青空
早稲田大学在学中に劇団「第三舞台」を旗揚げし、作家活動を続けてきた著者の、初の自伝小説集である。月刊誌に昨年発表した表題作と、書き下ろした「東京都新宿区早稲田鶴巻町大隈講堂裏」「東京都杉並区××二丁目四番地」の計三編を収めている。
表題作は、「僕」が小学二年生のときにできた、愛媛県新居浜市内の家をめぐる物語だ。父も母も小学校の教師で、特に父親は四十七歳になるまで遠方の小学校に赴任していたため、「僕」は“鍵っ子”として、父親が凝りに凝って建てた家で少年時代を過ごした。家の外壁は緑色で、居間の南側に広い縁台が作られ、庭には果樹や花が植えられていた。二階の「屋上」を見て育った「僕」は、大人になり、自分の作品に「屋上」を登場させる。「屋上」は子供の「僕」にとり、あいまいに存在する境界線で青空を見上げられる素敵(すてき)な場所だったのだ。<二つの世界を分ける境界線に生きる時間を持たない人生は心底辛いだろう>
「僕」が大学二年の四月に演劇サークルに入り、紆余曲折(うよきょくせつ)を経て劇団を旗揚げする六年間を描いた二編目も、<この家が終の住処になるのだろうか>と中古住宅に越す三編目も、「場所」をめぐる物語だ。先輩に連れられて一九八六年二月に初めて「第三舞台」の公演を見、ファンになった者としては、戯曲「朝日のような夕日をつれて」の群唱の意味が深まり、描かれている時代を追体験できる物語である。ただしこの三編は、ある世代に限られた物語ではない。ときは流れる、老いた父母を見送る、懐かしい場所がなくなる、という、普遍的なことが描かれている。
<緑の家の物語が終わっても、僕の人生は続いていく。物語は終わる。けれど、人生は続く。物語は終わる。けれど、思い出は続く>。「場所」を転々とする「僕」は、変わらずにある青空を見上げて、次の物語を書き始める。<ぼくは ひとり>だが、思い出はとても豊かだ。
著者の原点と、去っていった時代を描いた、優れた小説集である。
(講談社・2090円)
1958年愛媛県生まれ。作家・演出家・映画監督。
◆もう1冊
『演劇入門 生きることは演じること』鴻上尚史著(集英社新書)