『〈ポストヒューマン〉の文学 埴谷雄高・花田清輝・安部公房、そして澁澤龍彦』藤井貴志著(国書刊行会)

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〈ポストヒューマン〉の文学

『〈ポストヒューマン〉の文学』

著者
藤井貴志 [著]
出版社
国書刊行会
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784336074553
発売日
2023/02/22
価格
4,400円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『〈ポストヒューマン〉の文学 埴谷雄高・花田清輝・安部公房、そして澁澤龍彦』藤井貴志著(国書刊行会)

[レビュアー] 郷原佳以(仏文学者・東京大教授)

脱・人間中心 4人の志向

 埴谷雄高、花田清輝、安部公房、澁澤龍彦、同時代を生きた4人の文学者に本書は〈ポストヒューマン〉への志向を見(み)出(いだ)す。すなわち彼らは、戦争による人間の「物」への解体という危機から人間性の回復へ向けて立ち上がる道ではなく、人間が有機的存在から脱却して別の何かになるオルタナティブな道を透視した。

 本書の特徴は、〈ポストヒューマン〉的志向を一作家ではなく4人の作家の交響において浮かび上がらせる点にある。4部構成全13章にわたり、ポスト人間中心主義的思考において彼らがいかなる触媒を契機として絡み合い、共振と分裂を繰り返したかを諸々(もろもろ)のテクストの突き合わせにより具体的に描き出す手腕は見事だ。

 たとえば第1部では、埴谷と花田、埴谷と安部が戦後間もない時期、西欧の芸術に触発されて〈人間〉からの離脱を図ろうとした軌跡が解きほぐされる。同年生まれの埴谷と花田は、ポオの『メールストロームの渦』に匹敵するような作品を書きたいと話し合った。その埴谷は「私」が「旋風」にまきこまれ掻(か)き消えんとする短篇(たんぺん)「虚空」を書き、花田は対照的に、埴谷のロマン主義をあえて水平軸に戻すかのような批評を著した。〈自同律の不快〉を抱える埴谷がマックス・エルンストのフロッタージュに魂の肉体からの離脱を見れば、花田はそのコラージュに断片化された肉体の非人間的結合を見る。肉体から出ようとする心臓を描くシュペルヴィエルの詩と、魂が抜けた後の伽(が)藍(らん)洞を描く安部の「壁―S・カルマ氏の犯罪」は、埴谷の批評を通して繋(つな)がれる。第2部では「オブジェ」、第4部では「人形愛」が安部と花田、安部と澁澤を繋ぐ。

 〈ポストヒューマン〉という視角が最大の威力を発揮するのは、埴谷と澁澤に「反出生主義」を読み込む第3部だ。なるほど人間中心主義の批判は再生産による直線的時間性の脱却に通じるはずだ。現代的な概念を携えて過去の作品を読み直すことの刺激的な実践がここにある。

読売新聞
2023年6月9日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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