『国籍と遺書、兄への手紙』
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違いを認め会える社会の到来はまだ先かもしれない。でも……
[レビュアー] 篠原知存(ライター)
ヘイト的な思考や言説は避けてきたつもりだが、言わなければよかったと悔いるような失言はよくやらかす私。何度も読む手が止まった。
中学時代に相次いで父と兄を亡くした著者は、高校2年の時、パスポート取得のために戸籍を取り寄せ、父が在日コリアン2世だったことを知る。そこからのルーツを巡る旅を記したのが本書。国内外で難民や貧困問題などの取材を重ねるフォトジャーナリストらしい客観性のある文章と、複雑な感情を交えた内なる語りが重なり合う。
たとえば幼い頃、異母兄が父に対して敬語を使っていることを「よその家の人みたい」とからかったことがあると明かす。家庭内でも上下関係や礼儀を重んじる朝鮮の文化を知らなかったからだ。
出自を知ったのが、いわゆる「嫌韓本」が流行した時期で、周囲に進んで言えなかったとも記す。自らも持っていた「加害性」の欠片も見逃さず、なかなか言葉にしにくい心の揺らぎまでしっかりと描き出す。稀有な経験を繊細に編んだ私小説的ルポルタージュだ。
兄を非嫡出子としていたことに亡父の「意志」を感じた著者は、父祖が暮らした土地を訪ねて、縁のあった人々から話を聞いて歩く。朝鮮半島にルーツを持つ日本在住者が直面してきた困難を知り、現在もヘイト集団がおぞましい暴力を繰り返している実態を目の当たりにする。悪意の矛先はついに彼女自身にも向けられるのだが……。
はびこる差別には暗澹たる気持ちにさせられる。違いを認め合える社会の到来はまだ先かもしれない。でもヘイト犯罪の被害者が「頑張ったからこそ仲間ができる」と励まし合う姿に、共感と希望を抱く。
〈事実は変わらない。けれどもそれをどう振り返るかによって、その「過去」は全く異なる色彩を帯びて見えてくる〉という言葉は、多くの人にエールとして響くはずだ。