『世界の食卓から社会が見える』岡根谷実里著(大和書房)

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世界の食卓から社会が見える

『世界の食卓から社会が見える』

著者
岡根谷 実里 [著]
出版社
大和書房
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784479394020
発売日
2023/04/15
価格
2,090円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『世界の食卓から社会が見える』岡根谷実里著(大和書房)

[レビュアー] 森本あんり(神学者・東京女子大学長)

常識覆す食 てんこ盛り

 インドの田舎で「アメリカン」と名のついた料理を頼むと、必ず甘いケチャップを使った一品が出てくる。これはわたしの経験だが、それがインド人の「アメリカ」理解らしい――なんていう他愛もない見物話をするだけでは「世界の台所探検家」という肩書きは名乗れない。

 著者は世界70カ国以上で展開されている「クックパッド」社で働いた上で、5年にわたり自分の舌と足で世界の台所を体験してきた強者(つわもの)。そのお皿には知的刺激がてんこ盛りだ。

 それも、イスラエルにはユダヤ教の食物規定でチーズバーガーがない、などの定番だけではない。ラマダンを前に砂糖の国際価格が6%上がるとか、「ブルガリア・ヨーグルト」は大国の政治に左右された人民食だったとか、アボカドは健康食で動物倫理的にもお薦めだが中南米の麻薬カルテルの新たな資金源になっているとか、鶏はケージでなく平飼いでもストレスが高いとか、予想外の分析に常識を覆される。

 魚食の話も面白かった。暑いアフリカの市場や道端でごろりと売られている生魚。日本人の衛生観念からすると心配になるが、そこには古代エジプト以来の知恵が詰まっている。草食の淡水魚は小規模低リスクの養殖が可能で、タンパク質の生産効率も高い。水温が高くても水質が悪くても育つのは、体内の消化酵素の特性によるもので、おまけに冷蔵設備も不要なのだそうである。実によくできたシステムである。

 翻れば日本の料理風景も大きく変化している。1959年の『きょうの料理』を見ると、カリフラワーは10分煮ることになっているが、今そんなに煮たらぐずぐずに溶けてしまう。日本の野菜は水っぽくて薄味になった。だから時短ができて、子どもの野菜嫌いも減っているなんて、いいことなのかどうかよくわからない。

 本書には、歴史・地理・政治・宗教・化学・生物などが一つの鍋でよく煮込まれている。リベラルアーツ総合知のおいしい見本である。

読売新聞
2023年6月16日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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