『聖霊の舌 異端モンタノス派の滅亡史』ウィリアム・タバニー著

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聖霊の舌

『聖霊の舌』

著者
ウィリアム・タバニー [著]/阿部 重夫 [訳]
出版社
平凡社
ジャンル
哲学・宗教・心理学/キリスト教
ISBN
9784582717266
発売日
2023/09/27
価格
9,900円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『聖霊の舌 異端モンタノス派の滅亡史』ウィリアム・タバニー著

[レビュアー] 森本あんり(神学者・東京女子大学長)

特異な預言運動の「想像史」

 書評しづらい本である。自分が内容を理解できたかどうか怪しいし、記述が歴史的に正しいという保証もない。原著に寄せられた英語やドイツ語の書評にも手厳しいものが多い。だが、七百頁(ページ)に及ぶ本書には、世人が注目する売れ筋の一般書にはない独特の鬼気が籠もっている。

 本書の主題は、「モンタノス派」という初期キリスト教の特異な再臨待望集団である。終末が近いことを預言して人々の信仰を集めるという構図は中世や近代の異端に共通で、現代のオウム真理教にまで通じるところがある。その限り、この集団は今も跋扈(ばっこ)するもろもろの異端思想の祖型のような存在といってよい。

 ただし、二世紀にはそもそも正統を定義する教義や組織がなく、しばしば異端の方が勢力は大きかった。創始者モンタノスと二人の女預言者が広く民衆の支持を得たのも、彼らが高潔で禁欲的だったからである。正統と異端の境界線は、初代教父のテルトリアヌスも晩年に深くこの運動に傾倒したほど曖昧である。

 この奔放な預言運動は六世紀まで生き延びるが、度重なる弾圧を受け、建物は破壊され書物も散逸してしまった。ところが、紀元二〇〇〇年にトルコで彼らの本拠地とおぼしき遺跡が発見される。著者はうち捨てられた墓碑の一つ一つを読み解き、同時代の論争書に引用された彼らの言葉を用いて大胆に歴史を再構成する。だから本書はまったくのフィクションではないが、小説風に書き上げられた「想像史」である。本書に対する評価もここで分かれる。どんな歴史も想像力の働きなしに書けないとは言え、検証可能な事実が少ない中で情景豊かに物語を描き出す筆には、モンタノス本人にもひけをとらぬ奔放さがある。邦訳書の出版には大きな決断を要したことだろう。

 訳者の思い入れも相当なもので、大量に付された「訳注」は著者の「原注」をはるかに凌駕(りょうが)して冗舌である。ただ、「あとがき」を読むとその理由がよくわかる。わたしが書評せざるを得ないと感じたあるエピソードも記されており、思わず粛然とさせられる。阿部重夫訳。(平凡社、9900円)

読売新聞
2023年11月10日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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