『懐疑主義の勧め』
- 著者
- ピッパ・ノリス [著]/山﨑 聖子 [訳]
- 出版社
- 勁草書房
- ジャンル
- 社会科学/政治-含む国防軍事
- ISBN
- 9784326303311
- 発売日
- 2023/10/31
- 価格
- 4,950円(税込)
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『懐疑主義の勧め 信頼せよ、されど検証せよ』ピッパ・ノリス著
[レビュアー] 森本あんり(神学者・東京女子大学長)
民主主義の危機に異論
現代社会は政府や制度への信頼を失ってしまった、と嘆く声は多い。パットナムは社会関係資本の減衰を、フクヤマは市場での非公式な信頼の消失を、ウスラナーは楽天的な道徳の基礎となる信頼の危機を憂えた。しかし本書は、こうした信頼の低下が民主主義の危機を招くという今日の一般的な想定に異論を唱える。
理由は二つ。〈1〉事実判断。信頼の世界的な動向は、一貫して低下しているとは言えず、もっと複雑で、趨勢(すうせい)なき変動か、あるいはテロやコロナといった大規模事象に伴う偶発的変動を示しているにすぎない。実際には、北欧諸国のように信頼が微増している国もあり、アジア諸国のように低位ながら安定している国もある。〈2〉価値判断。信頼の低下は必ずしも悪とは限らない。民主社会の批判的市民が国家権力を疑いつつ監視するのは健全で、信頼が長期的に減退しているのはむしろ前向きな進展と見るべきである。
原題「信頼せよ、されど検証せよ」は、レーガン大統領がソ連の核軍縮について繰り返した言葉だが、著者はこの「健全な懐疑主義」こそ現代に必要な態度であると論じる。信頼は、個人の心理的・文化的な特性というより二者間の委任関係であり、相手の有能さや清廉性や公平性を正確に評価することで成立する。「懐疑的信頼」に対置されるのは「冷笑的不信」と「軽信的信頼」で、どちらも危険である。前者は、科学的根拠に基づくコロナワクチンを信用せずに感染拡大を招くような態度であり、後者は、信頼に値しない大統領の発言を鵜呑(うの)みにして連邦議会議事堂を襲撃するような態度である。
著者は「世界価値観調査」の広汎なデータをもとに、前著で展開した主張をさらに掘り下げている。ただ、本書の趣旨に倣って懐疑的に検証してみると、上の〈1〉と〈2〉はやや矛盾して聞こえる。また、根拠とされたギャラップ調査の経年変化を見ると、連邦議会、最高裁、公立学校、メディア等への信頼は、はっきりと下落の趨勢を示しているように見えるが、どうなのだろう。なお本書は、最後の第七章から読むとわかりやすい。山崎聖子訳。(勁草書房、4950円)