『Remember 記憶の科学 しっかり覚えて上手に忘れるための18章 (原題)Remember』リサ・ジェノヴァ著(白揚社)

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Remember 記憶の科学

『Remember 記憶の科学』

著者
リサ・ジェノヴァ [著]/小浜 杳 [訳]
出版社
白揚社
ジャンル
自然科学/自然科学総記
ISBN
9784826902465
発売日
2023/04/21
価格
2,970円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『Remember 記憶の科学 しっかり覚えて上手に忘れるための18章 (原題)Remember』リサ・ジェノヴァ著(白揚社)

[レビュアー] 西成活裕(数理物理学者・東京大教授)

情報を格納・出すしくみ

 とても読みやすく、心地よい満足感が得られる本である。それはきっと著者が脳のしくみを熟知した神経科学者であり、かつ作家だからだろう。どのような文章が脳にとって読みやすいのかを本書でも解説しているが、それを地で行く内容になっている。脳や記憶についての類書はたくさんあるが、その多くは脳のしくみの説明で専門用語が多発し、読んでいて疲れてくる場合が多い。しかし本書は分かりやすさと正確さのちょうど良いバランスで書かれており、しかも例え話が豊富でイメージが掴(つか)みやすい。

 本書の解説で特に分かりやすく重要な点は、情報が脳にどうやって格納され、どうやればそれをとり出せるのか、というしくみだ。これが理解できると、私達(たち)が思い出せないのは、しまい忘れているか、とり出しにくくなっているか、という二つの大きな可能性が見えてくる。さらに安心してよい物忘れなのか、認知症のヤバい物忘れなのかも区別ができるようになってくる。

 例えば広い駐車場に車を停(と)めて買い物をし、戻った時に「あれ、どこに停めたっけ?」と焦った経験は誰にでもあるだろう。これは車を置いた時に、「この場所を覚える」という注意を脳に与えていなかっただけで、著者もよくあるそうだ。見るだけでなく、注意を向けて初めて脳に格納できるのだ。また、加齢で記憶は消失しているのではなく、とり出しにくくなっているだけ、という解説を見て安心する人も多いだろう。とり出すための効果的な方法も紹介されていてとても参考になる。

 個人的に最も興味深かったのは、体験に関する記憶はかなりいい加減だ、ということだ。エピソードを想起する度に、脳内では事実関係を勝手に組み立て直し、都合よくまとめてしまうそうだ。したがって記憶に100%自信があっても、100%間違っていることもあり得るのだ。自分に謙虚に生きていくべし、ということを改めて認識させられた一冊である。小浜杳訳。

読売新聞
2023年6月16日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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