『死刑すべからく廃すべし』
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<書評>『死刑すべからく廃すべし』田中伸尚(のぶまさ) 著
[レビュアー] 太田昌国(評論家)
◆大逆事件と教誨師の真意
本書の主人公である明治の教誨(きょうかい)師・田中一雄は、十九世紀末から二十世紀初頭にかけて二百人の死刑囚の教誨に携わり、うち百十四人について基本的な個人情報はもとより、犯罪の内容と動機、反省の有無、執行前後の心理、遺言、死刑の是非などを書き込んだ手記を残した。それは、田中の死後『死刑囚の記録』として謄写印刷されたから、存在は知られていた。著者はある調査の過程で、この手記の原本にめぐり逢(あ)う機会に恵まれ、長いあいだ関心を持ち続けてきた田中の評伝に取り組んだ。
田中は浄土真宗徒の教誨師だったが、「教育勅語にもとづく国民道徳を説き、極悪人の心を落ち着かせて死を受け入れさせる」監獄教誨のあり方とは真逆の道を選んだ。罪人の生い立ちや家庭環境を調べ、非道な犯罪に至った理由を探り、時間をかけたどんな教誨によって、極悪人が「新しい生」を生きられるかを探し求めた。
残忍な犯罪に手を染め、獄中にあってもそれを得意げに吹聴するような人物に対しても田中は寄り添った。教誨の功もあってか、彼が犯した罪に向き合い始めた段階で死刑が執行された事例に田中が見せる憤りと悔しさが、読む者の胸を打つ。一般刑事犯の死刑囚にはそこまでの気持ちで接した田中は、政治犯にはどう対したか。この時代には、「大逆事件」の死刑囚十二人もいた。田中の手記はここで饒舌(じょうぜつ)さを潜め、幸徳秋水以下に関しては淡々たる事実の記述に留(とど)めるのだが、九人目の古河力作の箇所で「記したき事多くあるも、事秘密に属するを以て書くことを得ず。以て遺憾とす」と吐露する。田中の真意をどう読み取るか。著者が行っている推測と対話しながら、読み進めたい箇所である。
田中は、「大逆事件」の死刑囚・管野須賀子とは何度か会ったようだ。管野は、会津藩士であった田中が囚えられて、明治初頭に死刑の宣告を受けた挿話に触れた手記を遺(のこ)している。この記述を手がかりに、かつて死刑囚であったらしい田中の前半生を手繰り寄せる後半の展開に目を見張る。
(平凡社・2860円)
1941年生まれ。ノンフィクション作家。『大逆事件 死と生の群像』。
◆もう1冊
『逆徒「大逆事件」の文学』池田浩士編(インパクト選書)。田中に触れた管野の手記も。