顧みないような本をくりかえし読むのが好きだ
[レビュアー] 川本三郎(評論家)
書評子4人がテーマに沿った名著を紹介
今回のテーマは「古本」です
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古本屋の主人は一般には年寄りが似合う。
永井荷風『ぼく東綺譚』に登場する浅草裏の古本屋の主人などそのいい例だろう。
一方、珍しく若い女性が営む古本屋もある。
昭和の私小説作家、小山清の短篇「落穂拾い」(一九五二年)。「僕」は作者自身を思わせる作家。といってもきわめて地味で、文芸年鑑に登録されていないし一冊の著書もない。
「僕」は東京・武蔵野市の片隅に住んでいる。自炊の一人暮しで一日誰とも話さないこともある。
そんな「僕」のささやかな楽しみは駅の近くのマーケットにある小さな床店の古本屋に出かけること。
主人は高校を卒業したばかりの「少女」。自分の意志で始めた。毎日、隣町の自宅から自転車で店に通ってくる。
「僕」は顧客だが買うのは均一本ばかりで値の張る本は買わない。「僕はいまの人が忘れて顧みないような本をくりかえし読むのが好きだ」。
「少女」は「僕」を「おじさん」と呼ぶ。作家と知って言う。「わたし、おじさんを声援するわ」。
「少女」は仕事を愛しているようでこんなことを言う。「わたしは本の番人だと思っているの」。
ある時、「少女」は「僕」の誕生日を知り、贈り物をしたいという。そして近所の薬屋に出かけて行った。
ほどなく戻ると小さな紙包をくれた。あけると耳かきと爪切りが入っていた。
こんな「少女」のいる古本屋がいまもあるといい。