華やかなものには「闇」がある 江ノ島に伝わる「稚児ヶ淵伝説」がテーマの時代小説

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江ノ島奇譚

『江ノ島奇譚』

著者
高田 崇史 [著]
出版社
講談社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784065312056
発売日
2023/05/24
価格
1,815円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

[本の森 歴史・時代]『江ノ島奇譚』高田崇史

[レビュアー] 田口幹人(書店人)

 1998年に『QED 百人一首の呪』で第九回メフィスト賞を受賞した高田崇史氏が、デビュー二十五周年の節目を迎えた。古代から現代まで幅広い時代を題材とし、専門知識に裏付けられた確かな見識を備えた数多くの歴史ミステリーを発表し続け、熱烈なファンを持つ作家である。

『江ノ島奇譚』(講談社)は、氏がデビュー二十五周年記念書き下ろし作品として発表した作品で、意外なことに本書は、これまで数多くの歴史ミステリー作品を世に送り出してきた氏にとって初の時代小説である。

 そんな記念すべき作品の題材として選んだのは、江ノ島に伝わる稚児ヶ淵伝説だった。江ノ島は、東京都内から1時間ほどで訪れることができる身近なレジャーアイランドとして人気の地だが、鎌倉時代までは全島が信仰の対象とされ、みだりに島へ渡ることを禁じられていた。江戸時代には弁財天信仰の地として栄えていたのである。

 その江ノ島の南西側に、建長寺の自休和尚に見初められた、稚児の白菊が、断崖から身を投げ、自休もその後を追ったという伝説が残されている稚児ヶ淵がある。作品を通じ、様々な歴史を再構築し読者を驚かせてきた氏は、稚児ヶ淵伝説をどのような形で示してくれるのだろうか。

 本編「江ノ島奇譚」は、二つの物語が交互に進んでいく構成となっている。一つは、悪夢に怯える藤沢宿の飯盛り遊女・お初と、間夫の破戒僧・青山勝道が、弁財天の加護を求めて江ノ島に向う話である。二つ目は、後世に伝わる稚児ヶ淵伝説を、白菊が遺した辞世の句に対する氏の新たな解釈で構築した物語となっている。交互に話が進み、お初と勝道が江ノ島の断崖の上に店を構える茶屋の婆から、身投げした稚児の哀しい伝説を聞いたところから一つの物語へと収斂されていく。稚児ヶ淵伝説の真相が明かされるにつれ、勝道の消え去った過去の出来事がリンクしていく江ノ島詣の最終目的地である本宮岩屋での顛末は、読んでお楽しみいただきたい。

 本編に続き、本書には歌舞伎台本を模した短編「稲荷山恋者火花―小狐丸異聞」が収録されている。江ノ島詣から戻った勝道は、再び仏門に入り、ゆくゆくはお初と二人で生きていきたいという想いを告げ、修行に入る前に江戸木挽町まで芝居見物へと誘う。

 そこで演じられた演目が、平安時代に実在した刀工・宗近はどのようにして名刀・小狐丸を打つことになったのかを描いた「稲荷山恋者火花―小狐丸異聞」である。この短編を読み終えた時、本書のテーマが稚児ヶ淵伝説の新解釈だけではないことに気付き、なるほど、と膝を打った。

 稚児ヶ淵伝説も、名工・宗近による作とされる名刀・小狐丸も、これまで能や歌舞伎として取り上げられてきた題材である。華やかなものには、必ず「闇」がある。殆どの人は、それに気づかないか、目を閉ざしてしまっている。その「闇」と向かい合うことで見えてくるものがある。なんとも味わい深い物語だった。

新潮社 小説新潮
2023年7月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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