子ども期にトラウマを持つ「ACEサバイバー」はどんな人生を歩むのか?【逆境体験チェックリスト】

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ACEサバイバー

『ACEサバイバー』

著者
三谷 はるよ [著]
出版社
筑摩書房
ジャンル
社会科学/社会
ISBN
9784480075512
発売日
2023/05/11
価格
968円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

子ども期にトラウマを持つ「ACEサバイバー」はどんな人生を歩むのか?【逆境体験チェックリスト】

[レビュアー] 印南敦史(作家、書評家)

現時点において、「ACEサバイバー」という用語の存在を知る方は多くないかもしれません。

では、はたしてそれはどんな人を指すのか? 福祉・家族・子どもをめぐる問題を研究している『ACEサバイバー ――子ども期の逆境に苦しむ人々』(三谷はるよ 著、ちくま新書)の著者は、次のように説明しています。

ACE(エース)は、Adverse Childhood Experiencesの略であり、「逆境的小児体験」や「子ども期の逆境体験」などと訳されます。ACE(子ども期の逆境体験)とは、0歳から18歳までの子ども時代に経験する、トラウマ(心の傷)となりうる出来事を指す言葉です。(14ページより)

たとえば、虐待やネグレクト、家族の精神疾患や依存症、近親者間暴力などに曝される体験をいうわけです。なお、このことに関連し、本書の冒頭には【ACE(子ども期の逆境体験)アンケート】が記載されています。確認してみましょう。

18歳になるまでに、あなたには次のような体験がありますか。

1 親や同居する大人が、あなたを叩いたり殴ったりした[身体的虐待]

2 親や同居する大人が、あなたを罵倒したり侮辱したりした[心理的虐待]

3 5歳以上年上の人や大人が、あなたに性的に触れたり、性行為を強いたりした[性的虐待]

4 あなたに十分な食事や衣服を与えたり、医者に連れて行ったりしてくれる大人がいなかった[身体的ネグレクト]

5 あなたを安心させ、守ってくれる大人がいなかった[心理的ネグレクト]

6 両親が、別居または離婚をした[親との別離]

7 親や同居する大人が、叩いたり殴ったり、殴り合ったりしていた[近親者間暴力]

8 アルコール問題を抱える人や、薬物を乱用する人と同居していた[家族のアルコール・薬物乱用]

9 うつ病や精神疾患、自殺願望のある人と同居していた[家族の精神疾患・自殺]

10 服役していた、または服役を言い渡された人と同居していた[家族の服役]

(15〜16ページより)

以上の質問に対する「はい」の数を合計したものが、自分のACEスコア(0〜10)だそう。

1990年代からアメリカで始まったACE研究によって証明されたのは、ACEスコアと成人後の心身の疾患や問題行動に明らかな関連があること。心身への悪影響だけでなく、最近の研究では、失業や貧困、社会的孤立や子育ての困難に至るまで、ACEが社会的に影響を与えることもわかっているのだとか。

つまりACEは単一の時間や時期を超え、広範囲に悪影響を与える“人生の重大なリスク要因”だということです。

見過ごされていた現実に向き合う

日本においては、まだまだACEへの注目は始まったばかり。しかしACEサバイバーのなかには、自分たちを「アダルトチルドレン」「毒親サバイバー」ということばで表現し、子ども時代に背負った傷に向き合っている人たちがいるとそうです。

ご存知のように「アダルトチルドレン」とは、もともとはアルコール依存症者の親のもとに生まれて成長し、アダルト(大人)になった人たちを指すことばでした。1990年代に入って一般的にも知られるようになった結果、その対象が機能不全家族で育った人たちにまで拡大されたのです。

一方の「毒親」は、最近になって聞かれるようになったもの。初めてこのことばを用いたセラピストのスーザン・フォワードは著作『毒になる親 一生苦しむ子供』(講談社+α文庫)のなかで毒親を「子どもの人生を支配し、子どもに害悪を及ぼす親」と定義しています。

「ACE」は、「アダルトチルドレン」にも「毒親」にも似た概念です。

こうした類似概念と区別されるのは、ACEは本人の「被害者」としての認識が不要な客観的概念であるという点です。つまり、過去の事実をもって「ACE」があったかどうか、ある人が「ACEサバイバー」であるかどうかを判断することができます。(25ページより)

いわばACEは、子どもがストレスフルな生活環境で育つこと自体を問題視し、その状況と影響を客観的に捉えようとする立場から用いられる概念だということ。子どもが育つ「境遇」に目を向ける概念であることに意味があるわけです。(24ページより)

ACEは社会問題である

本書が特徴的なのは、医学的にではなく、社会的な視点からACEを見据えている点です。

私は社会学を専門としているのですが、ACEについて大規模な調査を行い、データを分析すればするほど、ACEサバイバーに過剰なまでの社会の不利が押しつけられている事実に驚愕しました。

たまたま生を受けた家族の境遇(生活環境)の格差が、生涯にわたる多面的な格差につながっているのです。そして、「この事実は、社会問題である」という認識を強めました。(26ページより)

しかも単に事実を伝えるだけではなく、ACEサバイバーが生きやすくなるために、また、ACEの発生そのものを予防するために、「いまある社会の仕組み」の改善を訴える必要性も感じたのだといいます。そのため本書ではACEを断ち切るための手段も模索されており、たとえばそのひとつが「レジリエンス」への言及です。

当然ながら、人生の初期にACEによって受傷しながらも、その傷とうまく折り合いをつけて強く生きている人たちも存在しています。そして、そうした人たちにとって、逆境から回復しようとする「レジリエンス」が大きな意味を持っているということです。

「レジリエンス(resilience)」とは、アメリカ心理学会の定義によると、「とくに精神的、感情的、行動的な柔軟性と外的および内的な要求への適応を通して、困難または困難な人生経験にうまく適応するプロセスと結果」をいいます。(127ページより)

つまりレジリエンスは、「プロセス」や「結果」を意味するもの。特別な人だけが備えている個人的資質ではなく、レジリエンスを発揮できる可能性は多くの人にあるわけです。重要なのは、自分のこれまでの人生のなかにみられたレジリエンスに気づき、その可能性をいかに高めること。そうした境地にまで踏み込んだ本書は、逆境を乗り越えていくためのヒントを提示してくれるはずです。(26ページより)

本書が着目しているのは、「ACEがその後の人生にどのような影響を与えるのか」という点。ACEの過去を抱えながら生きている人たち、すなわち“ACEサバイバー”がどのような心身の状態になりやすく、どのような社会経済状況や人間関係を経験しやすいかを実証的なデータによって把握しようと試みているのです。

そのため専門的な解説も少なくはありませんが、「ACEサバイバーが生きやすい社会」のために、そして「ACEを予防できる社会」のために、今後とられるべき方策を考えるうえで、それは必要なことでもあります。

したがって、「自分や自分の周囲でなにが起きているか、これからどうするべきか」を把握するためにも、ぜひ目を通しておきたい一冊だといえるでしょう。

Source: ちくま新書

メディアジーン lifehacker
2023年6月23日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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