人づきあいが苦手な21歳の女性が始めた古本屋 岡山・倉敷にある「蟲文庫」とは

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わたしの小さな古本屋

『わたしの小さな古本屋』

著者
田中 美穂 [著]
出版社
筑摩書房
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784480433817
発売日
2016/09/07
価格
858円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

自分で古本屋をやろうと思うんですよ

[レビュアー] 梯久美子(ノンフィクション作家)

 書評子4人がテーマに沿った名著を紹介

 今回のテーマは「古本」です

 ***

「ついさっき、仕事を辞めることになったんですけど、それで、自分で古本屋をやろうと思うんですよ」

 著者がなじみの古本屋さんに言ったというそんな言葉から田中美穂『わたしの小さな古本屋』は始まる。このとき21歳だった彼女は、本当に古本屋を開く。

 書店でアルバイトをした経験もないまま、手持ちの数百冊の本を並べてスタートしたという「蟲文庫」は、30年近くたった今も岡山県倉敷市にある。この本を読んで、私は「あの店か!」と思った。10年ほど前、美観地区のはずれにある、古い町家を改装した古本屋に入ったことがあったのだ。店内にはCDや雑貨も置いてあり、探検するような気分で見て回った。狭くてモノが多いのにゆったりしている不思議な空間だった。

 本書には古本屋に集まってくる人やモノのエピソードが綴られている。ミュージシャンの友部正人さんが持っていたブローティガンの『アメリカの鱒釣り』が、ひょんなことから手許にやってきた話などからは、人から人へとめぐる古書の面白さが改めてわかる。

 蟲文庫ではトークショーや音楽ライブ、展覧会などが行われ、さまざまな人が出入りする。地域での自分の店の役割を〈「公民館」に近いものではないか〉と著者は書く。人づきあいが苦手な自分でもできると思って始めた古本屋が、いつのまにか人の集まる場所になっていたのだ。

 平易な言葉で書かれているが、現代における仕事論としても読める一冊だ。

新潮社 週刊新潮
2023年7月6日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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