『世界はシンプルなほど正しい 「オッカムの剃刀」はいかに今日の科学をつくったか (原題)Life is Simple』ジョンジョー・マクファデン著(光文社)

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世界はシンプルなほど正しい

『世界はシンプルなほど正しい』

著者
ジョンジョー・マクファデン [著]/水谷淳 [訳]
出版社
光文社
ジャンル
自然科学/自然科学総記
ISBN
9784334962630
発売日
2023/03/23
価格
2,860円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『世界はシンプルなほど正しい 「オッカムの剃刀」はいかに今日の科学をつくったか (原題)Life is Simple』ジョンジョー・マクファデン著(光文社)

[レビュアー] 森本あんり(神学者・東京女子大学長)

科学支えた原理 宇宙にも

 ある外国人(たぶんアメリカ人)がオックスフォードにやってきて図書館や学寮をいくつも訪れた末に、「ところで大学はどこにあるんだい?」と尋ねたという。哲学でよく使われる小話である。「大学」というものが校舎のような物体とは異なる範疇(はんちゅう)の存在であることを示している。

 中世の「普遍論争」も同類だが、こちらは暇な学者たちが交わした無益な議論の代表のように思われているだろう。しかし本書によると、普遍概念の実在を否定した14世紀の神学者ウィリアム・オッカムこそ、近代以降の科学的思考の生みの親である。彼は、神の全能という極限の前提一つだけを使ってスコラ学を解体した。ものごとは必要最小限の要素で説明されるべきだ、という原理「オッカムの剃刀(かみそり)」の出発点である。

 その後の科学史では、コペルニクスが周転円を排除して地動説を唱え、ガリレオが天界と地上を支配する同じ法則に気づき、ボイルが真空を機械論的に説明し、ラヴォアジェがフロギストンに代えて酸素を見つける。電気や磁力という見えない力の発見も、ダーウィンの進化説も、さらには素粒子物理学も、みなこのオッカムの原理に貫かれている。最少の仮説や公理で多くの経験的事実を説明することを目指したアインシュタインもだ。

 いや、オッカムの原理が作ったのは科学だけではない。原著の副題によると、それは宇宙そのものをかたち作ったのである。「量子生物学」の第一人者である著者は、なぜこの宇宙が人間存在に最適化されているのか、という問いに答えて、生物進化と自然選択のシナリオをそのまま宇宙にあてはめる。われわれが住むこの宇宙は、ブラックホールを生殖細胞として物理定数を遺伝させ、多元的な宇宙どうしが競い合って最も単純になった結果だ、というのである。ここまで来ると、ちょっと背筋が寒くなる。

 ちなみに、科学では解明できない謎の説明として持ち出される神を「隙間の神」というが、現代神学がそれにどう答えるかについては、『ボンヘッファー獄中書簡集』をご一読いただきたい。水谷淳訳。

読売新聞
2023年6月30日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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