『江戸一新』門井慶喜著(中央公論新社)/『文豪、社長になる』同著(文芸春秋)

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江戸一新

『江戸一新』

著者
門井慶喜 [著]
出版社
中央公論新社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784120056093
発売日
2022/12/20
価格
1,980円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

文豪、社長になる

『文豪、社長になる』

著者
門井 慶喜 [著]
出版社
文藝春秋
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784163916675
発売日
2023/03/10
価格
1,980円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『江戸一新』門井慶喜著(中央公論新社)/『文豪、社長になる』同著(文芸春秋)

[レビュアー] 鵜飼哲夫(読売新聞編集委員)

弱点自覚 成功した2人

 幕府が開いた当時の江戸は、大雨のたびに大洪水が起きていた。その壮大な荒野を開拓し、大都市となるさまを描く『家康、江戸を建てる』の著者は、『江戸一新』で数十年後を舞台にした。時は、明暦3年(1657年)、水は治まったぶん、火の気はのさばり……江戸の大半を焼く「明暦の大火」が起きた。主人公は大惨事に立ち向かう老中・松平伊豆守信綱である。

 「知恵出づ(伊豆)」が渾名(あだな)の男の性格を、侍の子なのに日本一の臆病者とした設定がいい。胆力がないから才知で勝負。不安があるから目配り、気配りし、蛮勇ではなく、慎重に人の力も借りて、勇気ある行動をする。それが武士の街江戸を町人の街「大江戸」に変貌(へんぼう)させた。

 今年で創刊100年の雑誌「文芸春秋」をつくり、芥川賞・直木賞を創設した菊池寛が主人公の『文豪、社長になる』も、マイナスをプラスに転じさせた作家の一代記である。学校をいくつも中退して回り道したため、旧制一高では芥川と同級生でも四つ年上。それからも帝大在学中に「鼻」が漱石に認められた芥川の後塵(こうじん)を拝したが、その分、世間の荒波から多くを学び、「真珠夫人」など大衆受けするベストセラーを連発し、企画力も抜群だった。

 本書の白眉は、才知はあったが、どんぶり勘定で、経営下手だった自らを、(無能)と意識する菊池の造形だ。だからこそ、ある時期から編集には口を出すが、経営は佐佐木茂索に任せ、社業を安定させる。佐佐木はもとは作家志望だったが芽が出ず、経営者としては大成する。

 本書表紙の菊池の肖像は、今も文春本社に飾られる絵がもとで、佐佐木の肖像も横に並んでいる。(有能)と思い込む人のワンマン経営ではなく、(無能)と意識する真の有能さがあったからこそ人の力を信頼したということか。

 映画公開中の直木賞受賞作『銀河鉄道の父』もそうだが、門井作品は、時代の主人公を支える脇にも光がさしていて、ほのぼのする。

読売新聞
2023年6月30日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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