『しおかぜ市一家殺害事件あるいは迷宮牢の殺人』
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不快主人公はやめとけ
[レビュアー] 早坂吝
「不快主人公はやめとけ」
小説家志望者がいたらまず真っ先に伝えたい言葉がこれだ―おや、前にもこんなことを書いた記憶が。そう、あれは確か『殺人犯 対 殺人鬼』の文庫版のエッセイだ。あの時は「子供主人公はやめとけ」という書き出しから始め、なぜやめるべきかという理由を述べていったのだ。
それに対して、不快主人公をやめるべき理由は述べるまでもない。読んでいて嫌な気分になるからだ。何か意味があるのかもしれない、後でボコボコにされてスカッとするのかも―そう考えても嫌なものは嫌なのだ。何だったら書いている方も嫌である。自分の中の毒を煮出しているようで筆が腐ってくる。
そんな不快主人公がこともあろうに本作に登場する。おかしい、ここは販促コーナーではなかったのか。しかし実際、本作の主人公餓田(うえだ)は不快極まりない男であることは間違いないだろう。しかも創作の登場人物としてなら愛され得る振り切った巨悪ではなく、しょうもない小悪党である。
なぜそんな人物を主人公にしたかというと、例によって推理小説的な要請である。本作は推理小説マニアなら知っているかもしれない、ある「事実」にインスパイアされている。その「事実」を知った時からずっと、このA事件あるいはB事件という二層構造を書きたいと思っていた。それにはどうしたって不快主人公が必要だった。
そういう経緯で誕生した餓田氏だが、いざ書いてみると、苦しみながらも筆が乗る部分もあった。推理作家として良いのか悪いのか、私は犯罪者の方に共感するメンタリティがあるかもしれない(これはいささか書きすぎか)。ひょっとしたら読者の中にも餓田に共感する人が出てくるやもしれぬ。作り話なのだからそれ自体はいい。だが一つだけ言っておきたいのは、彼を理解してもいいが、彼になってはいけないということだ。これは戒めの書でもある。