<書評>『掬(すく)われる声、語られる芸 小沢昭一と「ドキュメント 日本の放浪芸」』鈴木聖子 著

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掬われる声、語られる芸

『掬われる声、語られる芸』

著者
鈴木 聖子 [著]
出版社
春秋社
ジャンル
芸術・生活/演劇・映画
ISBN
9784393441701
発売日
2023/05/12
価格
2,750円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

<書評>『掬(すく)われる声、語られる芸 小沢昭一と「ドキュメント 日本の放浪芸」』鈴木聖子 著

[レビュアー] 篠崎弘(音楽評論家)

◆「よりどころ」探す旅を検証

 映画『「エロ事師たち」より 人類学入門』などで独特の存在感を示し、「トルコ道」の求道者とのイメージを自ら演出した。舞台では一人芝居「唐来参和(とうらいさんな)」を学校公演を中心に十八年にわたって演じた。ラジオの長寿番組「小沢昭一の小沢昭一的こころ」で絶妙な話芸を聞かせ、エッセイストとしても多数の著書を残した。俳優小沢昭一は多面体だった。

 もう一つ忘れてならない側面が大道芸・放浪芸を愛し、記録し、紹介した仕事だ。一九七一年のLP七枚組「ドキュメント 日本の放浪芸――小沢昭一が訪ねた道の芸・街の芸」(日本ビクター)に始まるシリーズは、滅びつつあった「道の芸」の姿を記録した資料としてその価値は増すばかりだ。

 著者は小沢の著書や関係者の証言などを広く引きながら、小沢とそれらの芸との関わり方の変化と深化を丹念に検証する。自らを「ニセモノ」と意識し、「河原乞食(こじき)」を自称する小沢が、西欧演劇を手本とする新劇の俳優である自らの「よりどころ」を求める、いわば自分探しの旅から始めて、シリーズをストリップで締めくくるまでの歩み。演者と聴衆が融合する節談(ふしだん)説教の忘我感。「日本好き」「愛国者」といった誤解に、権威や権力を嫌う反骨小沢はどう答えたか。

 本書はシリーズの背景に迫る緻密な研究書であって、小沢の評伝や放浪芸そのものの紹介本ではないから、芸人小沢昭一のファンにとってはややとっつきにくい印象がある。だが、読後には小沢の人物像が新しい光の下で浮かび上がる。多面体小沢がこんな形で学術研究のまな板に乗ったことを喜びたい。

 私事になるが、評者は著書や映像作品「小沢昭一の新日本の放浪芸-訪ねて韓国・インドまで」にまとめられた一九八三年の韓国大道芸取材の旅に同行して、放浪芸一座男寺堂(ナムサダン)や巫女(ムーダン)に小沢がどう近づき、彼らの中に入りこんで信頼を得るかを間近に見た。それは研究者の姿ではなかった。「私はね、後輩の芸人として皆さんに弟子入りするんです」という小沢の言葉を思い出す。

(春秋社・2750円)

1971年生まれ。大阪大大学院助教。著書『<雅楽>の誕生』。

◆もう一冊

『思えばいとしや“出たとこ勝負”小沢昭一の「この道」』(東京新聞)

中日新聞 東京新聞
2023年7月16日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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