『それは誠』
書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます
絶妙なエピソードの連なりで、幾度もグッとくる場面に遭遇する
[レビュアー] 豊崎由美(書評家・ライター)
高校2年生の〈僕〉佐田誠。学校をずる休みして古式ゆかしい自作PCに向かって文章を打ち込んでいる。何について? つい前日帰ってきたばかりの修学旅行の思い出だ。
乗代雄介の『それは誠』は、井上奈緒さん、蔵並研吾くん、大日向隼人くん、松帆一郎くん、畠中結衣さん、小川楓さんと班を組むことになった〈僕〉が、三泊四日の東京での修学旅行、なかでも自由行動日に起きた出来事を中心に思い返した記録というスタイルをとった小説になっている。自由行動の予定を決めるための班ミーティングで、一人で日野に行くと宣言してみんなを戸惑わせる〈僕〉。なぜ日野なのか。そこに母方のおじさんがいるから。なぜおじさんに会いたいのか。みんなから問われる形で、3歳の時に母親が死んで祖父母に育てられたこと、父親はいないこと、おじさんは幼い自分を引き取ろうとしていたこと、中3の時にその話題を蒸し返されたのをきっかけに激怒したおじさんがそのまま家を出ていき、帰ってこないことといった事情がわかってくる。
最終的に6人は〈僕〉の希望を汲んでくれ、引率の先生たちを騙しきることを決意。男子3人は日野に同行してくれることにもなる。サッカー部で活躍している人気者の大日向くん、吃音を抱えている松くん、特待生で成績優秀な蔵並くん、そして〈僕〉。普段は接点もなく親しくもない4人が、彼らからすれば冒険ともいえるこの旅の中で、少しずつ心を開いて歩み寄っていく過程を、作者は絶妙なエピソードの連なりの中に描いていく。「それは誠」というタイトルの意味が明かされるまでの間に、読者は幾度も胸にグッとくる場面と遭遇することになるのだ。
ちなみに〈僕〉はこの記録の地の文で同級生に「さん」や「くん」をつけていない。ここで敬称をつけたのは、わたしがそうしたかったから。これは、そんな近しい、睦まじい気持ちを生んでくれる小説なのだ。