『絶対聖域』
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聖域の守護者に芽生えた殺意
[レビュアー] 香納諒一(作家)
黙々と、ひたすらに自分の仕事をしつづけている人が好きです。ふと気づくと私の多くの作品には、そういった人物が登場します。職人や芸術家、あるいはスポーツ選手といったような、特殊な職業とは限りません。自分が取り組む仕事の「良いとこ取り」をすることなく、辛い点も含めてすべてを我が身で受けとめて仕事をしている多くの人たちを、私は実生活で知っています。
倒叙ミステリーである本書の犯人は、所長として刑務所を守りつづけて来た男です。この男にとって、刑務所という空間は、受刑者と社会を結ぶ神聖な場所です。一度罪を犯した人間を、再び社会に送り出すための聖域です。
しかし、ひとりの受刑者が、償うべき大きな罪から逃れて社会に戻ってしまったとき、聖域を守り通して来たこの男の中に殺意が芽生えました。
刑務所という空間は聖域である故、たとえ事件が起こった場合でも、警察の介入を拒む場所でもあります。刑務所の敷地内で起こった事件については、特別司法警察職員の資格を持つ刑務官に捜査権があり、その責任者は刑務所長です。刑務所長から捜査協力の依頼がない限り、警察も捜査に介入できません。
絶対的なアウェイな環境の中、花房京子(はなぶさきょうこ)は持ち前の粘り強さで捜査を進めます。そして、犯行が刑務所内で行なわれたことには、捜査権を発動して犯罪を隠蔽するためなどではない、真の動機があったことがやがて明らかに……。
本書『絶対聖域』は、刑事花房京子を主人公にした『完全犯罪の死角』『逆転のアリバイ』に次ぐ第三作です。倒叙ミステリーであり、心理小説でもあり、さらにはハードボイルドでもあって、毎回、書いていて楽しいシリーズです。
来年の刊行に向け、第四作目の準備を開始しました。