『我が愛する詩人の伝記』
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昏々と彼はからだぐるみ、そよかぜに委せている
[レビュアー] 梯久美子(ノンフィクション作家)
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今回のテーマは「避暑」です
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〈ふるさとは遠きにありて思ふもの〉とうたった「小景異情」などで知られる詩人で小説家の室生犀星は、大正9年の夏に初めて軽井沢を訪れた。以来この避暑地が気に入り、昭和6年に別荘を建て、死の前年まで毎夏滞在した。
この地で芥川龍之介、萩原朔太郎、堀辰雄など多くの文人と交流を持ったが、その中に、結核のため24歳で没した詩人・立原道造がいた。『我が愛する詩人の伝記』には立原の軽井沢での姿が描写されている。
立原は犀星の家にやってくると、庭の雨ざらしの木の椅子に腰を下ろし、眼をつむって憩(やす)むのが常だった。
〈いつ来ても睡い男だ、そよかぜが頬を撫で、昏々と彼はからだぐるみ、そよかぜに委せているふうであった〉
立原は長身で美しい顔立ちをしていた。犀星は椅子でまどろむ立原を〈白皙の美青年の半顔が夏の日の反射で、いよいよ白皙の美をほしいままにしているのを眺めた〉と描写する。
だがそれに続けて〈酷く痩せていたので、ズボンの膝から上もぺちゃんこになり、足のすがたが痛々しく眼に映った〉と書いている。顔の美しさと、病み衰えた肉体の無惨さ―その対比に犀星の筆が冴える。
犀星と立原の年齢差は25歳。若い詩人の早すぎる晩年に深い哀惜を抱きつつ、残酷なほど巧みな描写をする犀星。ものを書く人間の業のようなものを感じるが、そのおかげで、生身の立原が読者の眼前に浮かび上がってくるのも確かだ。