『世界でいちばん殺された男 ダニー・トレホ自伝 (原題)TREJO』ダニー・トレホ著(早川書房)

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世界でいちばん殺された男

『世界でいちばん殺された男』

著者
ダニー・トレホ [著]/ドナル・ローグ [著]/倉科 顕司 [訳]/柳下 毅一郎 [監修]
出版社
早川書房
ジャンル
芸術・生活/演劇・映画
ISBN
9784152102423
発売日
2023/05/23
価格
3,960円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『世界でいちばん殺された男 ダニー・トレホ自伝 (原題)TREJO』ダニー・トレホ著(早川書房)

[レビュアー] 川添愛(言語学者・作家)

元受刑者 悪役スターに

 昔から、映画やドラマの主役よりも、主役にやっつけられる役回りの人に強く惹(ひ)かれる。日本で言えば「日本一の斬られ役」福本清三さん。そしてハリウッドで言えばこの人、本書の著者ダニー・トレホだ。

 私が初めて著者を見たのはロバート・ロドリゲス監督『デスペラード』で、それ以来、他の作品でも「またあの人が出てる」と気づくようになった。本書を読むと、あの悪役としての佇(たたず)まいは実際に刑務所に服役した経験から来ていると分かる。著者は十代の頃から強盗や薬物売買に手を染め、二十代半ばまでの大半を受刑者として過ごし、刑務所内でチャールズ・マンソンにも出会っていたという。

 転機は、所内で起きた暴動事件に巻き込まれ、あわや死刑かとなったときに訪れる。著者が絶望の中で「尊厳ある死に方をさせてほしい」と神に祈ったところ、そこから人生が完全に変わってしまうのだ。

 受刑者からハリウッドスターへの道のりはアメリカンドリームそのものだが、出所してからの人生もけっして平坦(へいたん)ではない。薬物依存に苦しむ人たちを救う活動を精力的に行いつつも、家族との関係に頭を悩ませ、自身に植え付けられた「有害な男らしさ」のために苦しむ。しかし、不器用ながらも絶えず改悛(かいしゅん)と祈りを重ねる中で、過去の過ちや他人との軋轢(あつれき)が円を描くように巡り、赦(ゆる)しや和解となって戻ってくる。

 著者が運命によって救われ、今も他人を助けている様を読みながら、私も今まさに著者によって助けられている、と感じた。著者の言葉には、ただの「きれいごと」には収まらない説得力がある。何かに依存して抜けられない人、生まれ育った環境での価値観に束縛されている人、そして何より自分の人生を肯定できない人は読んでみて欲しい。いかつい顔の著者が、すぐそばで励ましてくれているように感じるのではないだろうか。柳下毅一郎監修、倉科顕司訳。

読売新聞
2023年7月28日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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