漱石の「三四郎」は告白もできない“二番手男子” 実はダメ男な名作の登場人物

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出世と恋愛 近代文学で読む男と女

『出世と恋愛 近代文学で読む男と女』

著者
斎藤 美奈子 [著]
出版社
講談社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784065293577
発売日
2023/06/22
価格
1,056円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

告白できない男と死に急ぐ女たちの物語

[レビュアー] 碓井広義(メディア文化評論家)

 日本の近代文学が扱ってきた大きな課題に出世と恋愛がある。斎藤美奈子『出世と恋愛 近代文学で読む男と女』は、代表的な青春・恋愛小説12編を俎上に載せ、この二大テーマがどう描かれてきたのかを探っていく。目立つのは名作の中の男たちのダメさ加減だ。

 たとえば、夏目漱石『三四郎』。著者は「告白できない男たちの物語」という近代青春小説のパターンを見出す。ヒロインの美禰子は謎めいた女性で、三四郎だけでなく野々宮にも秋波を送るように見える。しかし著者によれば、三四郎にちょっかいを出すのは野々宮の嫉妬をあおる「あてつけ」に過ぎない。今日の少女漫画や学園ドラマでいう「二番手男子」だ。三四郎、戦わずして敗れたり。

 また恋愛小説の元祖のような徳冨蘆花『不如帰』にも、著者の辛辣かつユーモラスなメスが入る。ヒロイン・浪子を不幸にする最大の要因はマザコン夫の武男だ。「口だけは達者だが、それ以上ではない人物」とダメ男に手厳しい。不治の病で離縁された浪子は、「もう女になんぞ生まれはしない」と言って亡くなり、「死に急ぐ女たちの物語」という近代恋愛小説のパターンを生み出した。

 現代社会ではストレートな出世志向も恋愛の切磋琢磨も、どこか敬遠されているようだ。とはいえ、自分の好きなことを仕事にしたい、好きな人の近くにいたいといった願いは、今も自然なものだろう。近代文学の中に思わぬヒントが見つかるかもしれない。

新潮社 週刊新潮
2023年8月10日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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