『紀貫之』
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川風寒み 千鳥鳴くなり
[レビュアー] 北村薫(作家)
書評子4人がテーマに沿った名著を紹介
今回のテーマは「避暑」です
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紙の上の避暑――と思った時、反射的に浮かぶのが紀貫之の歌です。「思ひかね妹がり行けば冬の夜の川風寒み千鳥鳴くなり」。
「~がり」は「~のところへ」、「~み」は「~なので」。田中登『コレクション日本歌人選005 紀貫之』の訳によれば「思いに耐えかね、あの人のもとへと行くと、冬の夜の河風が寒いので、しきりに千鳥の鳴き声がすることだ」。
鴨長明の『無名抄』に、炎熱の時でもこの歌を口ずさむと寒々としてくる――という意味の言葉があることで、知られています。
染み入るような風の体感に加え、聴覚もまた冷気の鞭となる。何といっても、「思ひかね妹がり行」くという状況作りが見事です。
この笠間書院のハンディなシリーズは、厚過ぎず、手にとりやすい。『柿本人麻呂』に始まり、古典和歌だけでなく『塚本邦雄』などの巻もあり、さらには『おもろさうし』から『アイヌ神謡ユーカラ』にまでおよぶという豊かさです。全国の中学・高校の図書館で、ぜひ揃えてもらいたいものです。
これに続いて、ふらんす堂から刊行中の「歌人入門」シリーズにも手を伸ばしていただければと思います。梶原さい子の『(7)落合直文の百首』では「名もしれぬちひさき星をたづねゆきて住まばやと思ふ夜半もありけり」、松平盟子の『(8)与謝野晶子の百首』では「秋と云ふ生ものの牙夕風の中より見えて淋しかりけり」などに出会えます。