「びょおびょお泣きながら」 教科書にも載った江國香織『デューク』の胸に迫る表現

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つめたいよるに

『つめたいよるに』

著者
江國 香織 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784101339139
発売日
1996/05/29
価格
649円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

「びょおびょお泣きながら」

[レビュアー] 北村薫(作家)

 書評子4人がテーマに沿った名著を紹介

 今回のテーマは「ペット」です

 ***

 ペットという言葉には、冷たさを感じます。上からの言い方に思えてしまうからです。

 決してそうではない目で書かれているのが江國香織「デューク」です。教科書で読んだ方もいらっしゃるでしょう。有名だから―というだけではない。どう紹介しても、それが余計なことに思える作品です。まだお読みでなければ、ぜひ、説明抜きで、作品そのものに触れてほしい。

 ただ、冒頭だけを引いてみましょう。

 歩きながら、私は涙がとまらなかった。二十一にもなった女が、びょおびょお泣きながら歩いているのだから、他の人たちがいぶかしげに私を見たのも、無理のないことだった。それでも、私は泣きやむことができなかった。

 素晴らしい。

「びょうびょう」は、『日本国語大辞典』(小学館)には「犬の遠吠の声を表わす語」、方言では「犬のほえる声を表わす語」となっています。古典だけではなく、芥川龍之介の「偸盗」中の「群る犬の数を尽して、びゃうびゃうと吠え立てる声」―が用例のひとつとして出ています。

 しかし無論、そんなことは知らなくていい。それは知識に過ぎない。主人公の「びょおびょお」という泣き声、その響きは、知識を超えて我々の胸に迫る。これから語られる「デューク」との一体感、そして喪失感が、まず冒頭からひしひしと伝わってくるのです。

新潮社 週刊新潮
2024年3月21日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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