『つめたいよるに』
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「びょおびょお泣きながら」
[レビュアー] 北村薫(作家)
書評子4人がテーマに沿った名著を紹介
今回のテーマは「ペット」です
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ペットという言葉には、冷たさを感じます。上からの言い方に思えてしまうからです。
決してそうではない目で書かれているのが江國香織「デューク」です。教科書で読んだ方もいらっしゃるでしょう。有名だから―というだけではない。どう紹介しても、それが余計なことに思える作品です。まだお読みでなければ、ぜひ、説明抜きで、作品そのものに触れてほしい。
ただ、冒頭だけを引いてみましょう。
歩きながら、私は涙がとまらなかった。二十一にもなった女が、びょおびょお泣きながら歩いているのだから、他の人たちがいぶかしげに私を見たのも、無理のないことだった。それでも、私は泣きやむことができなかった。
素晴らしい。
「びょうびょう」は、『日本国語大辞典』(小学館)には「犬の遠吠の声を表わす語」、方言では「犬のほえる声を表わす語」となっています。古典だけではなく、芥川龍之介の「偸盗」中の「群る犬の数を尽して、びゃうびゃうと吠え立てる声」―が用例のひとつとして出ています。
しかし無論、そんなことは知らなくていい。それは知識に過ぎない。主人公の「びょおびょお」という泣き声、その響きは、知識を超えて我々の胸に迫る。これから語られる「デューク」との一体感、そして喪失感が、まず冒頭からひしひしと伝わってくるのです。