「ネタバレ厳禁」の謎が気になりすぎて夢にまで出てきた……一度読んだらもう二度と味わえないミステリー作品とは

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世界でいちばん透きとおった物語

『世界でいちばん透きとおった物語』

著者
杉井 光 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784101802626
発売日
2023/04/26
価格
737円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

「ネタバレ厳禁」の謎が気になりすぎて夢にまで出てきた……一度読んだらもう二度と味わえないミステリー作品とは

[レビュアー] 奥井雄義(『ダ・ヴィンチweb』編集部)


いま一番アツい謎(※写真はイメージ)

「ネタバレ厳禁」「紙の文庫でしかできない」と、いま最も話題になっている小説がある。『世界でいちばん透きとおった物語』(杉井光、新潮社)だ。

 本とコミックのポータルサイト『ダ・ヴィンチweb』編集部で、数々のミステリー作品に接してきた奥井雄義さんは、仕掛けや謎が気になり過ぎて読む前から夢にまで見たそうだ。一度読んだら、その感情はもう二度と味わえないと思ったという読書体験を、ネタバレをしないように戦々恐々としながら、奥井さんが語る。

 ***

「謎」が気になりすぎて夢にまで出てきた

 本書の簡単なあらすじはこうだ 。

 大御所ミステリー作家の宮内彰吾が死去した。宮内は生前かなり派手に不倫をしていて、そのうちの1人が主人公の母親だった。主人公は、宮内の愛人の子だったのだ。父とは一切の関わりをもたず暮らしていた主人公の元に、宮内の実子である長男から、宮内が死ぬ間際に『世界でいちばん透きとおった物語』という小説を書いていたらしいという連絡が入る。この連絡から始まった遺稿探しをするうちに、父の抱える秘密と、『世界でいちばん透きとおった物語』に込められた意味が明らかになっていく――。

 物語は、その謎に迫る形で展開されるミステリー小説の体裁をとっている。

 本書の謎 を読み解くヒントは、(1)電子書籍化絶対不可能、(2)タイトル『世界でいちばん透きとおった物語』、(3)単行本ではなく文庫書き下ろし、とのこと。

 まずは、実際にページをめくって「読む」前に、どんな展開でどんな仕掛けが息を潜めているのかを事前に「読む」べきだと感じ、表紙、タイトル、イラスト、束、のど、裏表紙、リリース情報……と眺めていき、自分がどんな罠にはまってしまうのかを想像することにした。

「絶対に予測不能」との売り文句に圧をかけられ、予測は止まらなかった。おかげで本書が手元に届いてから実に5日間、本の外側をためつすがめつ眺めるだけで、ついに本書を開くことができなかった。誤って何か重要なページを開いてしまい、取り返しのつかないネタバレを目の当たりにしてしまうことや、ろくな準備もなく読み始めて新鮮な驚きを存分に味わえないことが恐かったからだ。外側を見ているだけで妙に力が入った。一文たりと読んでもいないのに肩が凝るようだった。

  本書を読む前に、仕掛けに関する夢を見てしまったほどだ。ちなみにその夢の中で発見した仕掛けは、実際の仕掛けにほんのちょっと指をひっかける程度のものに過ぎなかった。自分の想像力の欠乏に悔しさを覚えると同時に、実際の仕掛けのすごさに興奮し、その夜は浅い睡眠とたびたびの寝返りに見舞われることになった。それほど本書の仕掛けは想像を超えている。ただ、無意識のうちに本書の謎に迫ろうと常に頭が回転していることは確かだった。人間は感覚のうち5%しか意識できていない、というデータがあるらしいが、まさに食事をしながら、飼い犬と戯れながら、あるいは歯磨きをしながら、僕の脳内の数%は『世界でいちばん透きとおった物語』の事を考えていたのだ。

この本はとても不幸だと思ったのに

 この本ほど、ページをめくる前から準備され、身構えられ、油断ならないと思われる本がかつてあっただろうか。表紙や帯、束やのどに至るまで眼光鋭く精査され、仕掛けのヒントがあるのではと疑いの目を向けられることがあっただろうか。

 そういう意味において、この本はとても不幸だと思った。

 できるなら、もっと自然な形で出会いたかった。これでは、前情報をもらってお見合いをしているみたいではないか。相手の欠点を探してしまうような、そんな感じがしたのだ。あるいは、スパイに宛てた文書ではないかと確認する検閲官のようだ。自分が罠を見破れなければ大勢の味方が死ぬ……疑心たっぷりに慎重に行動せざるを得ない。そんな感覚だった。

 しかし、そういった「騙そうとしているのではないか」「手玉に取ろうとしているのではないか」という猜疑心にもかかわらず、僕は種明かしまでついぞ答えに辿り着けなかった。これは何かしらのヒントになるだろうと大量の付箋を貼り込みながらも、謎を完璧に言い当てることができなかった。時にあからさまなヒントさえ顔を覗かせていたが、それでも普通の小説では絶対にあり得ない仕掛けに、僕は気づけなかったのだ。そしてこう思った。「透きとおる」とはそういう意味だったのか、と。また、仕掛けられた罠は何もあなたを傷つけるものではなかった、とも。……これ以上は何も言えない。

 とにかく、この読書体験は、あなたの肉体の内側から特別な感情を引き摺り出すことだろう。驚き、感動、尊敬、同情、満足、そういった感情が湧き出し、これまでめくってきたページを驚嘆とともに戻らせるに違いない。そして最後のページで、主人公を あなたも追体験することになる。

 この本を初めて読んだ時の感情は、文字通り2度と味わえるものではない。それは、5日間中身を読まずにあれこれ試案し、罠を警戒していた僕ですら「やられた」と唸ってしまう仕掛けだ。「本」という約5000年の歴史の、新たな可能性を模索したくなる1冊である。透きとおった景色を、あなたは目撃できる だろうか?

新潮社
2023年9月1日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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