下級生の「少年」を愛した川端康成が“嫉妬”したもの 「お前の指を、手を、腕を、胸を…」愛の行きつく先は

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少年

『少年』

著者
川端 康成 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784101001067
発売日
2022/03/28
価格
539円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

私のからだはあなたにあげたはるから

[レビュアー] 梯久美子(ノンフィクション作家)

 書評子4人がテーマに沿った名著を紹介

 今回のテーマは「嫉妬」です

 ***

 川端康成の『少年』は、川端自身をモデルとする「私」と、旧制中学の寄宿舎で同室だった清野という下級生とのかかわりを描いた小説だ。昨年初めて文庫化されたが、その際、帯に「少年愛」という文字が躍った。それは作中にこんな描写が頻出するためだ。

〈お前の指を、手を、腕を、胸を、頬を、瞼を、舌を、歯を、脚を愛着した。

 僕はお前を恋していた。お前も僕を恋していたと言ってよい〉

 清野は親の愛情を受け、まっすぐに育った少年で、「私」に無条件の信頼と愛情を寄せる。〈私のからだはあなたにあげたはるから、どうなとしなはれ。殺すなと生かすなと勝手だっせ〉とまで言うのである。

 孤児の境遇から、いじけてねじくれた自分の心を〈畸形〉と感じ、嫌悪していた「私」にとって、彼に愛されたことは救いだった。

 中学を去るとき「私」は〈この少年は私を離れては迷子になり、心の宿を失うであろう〉と思う。だがその後、親が信仰する宗教をみずからも素直に信じ、修行で滝に打たれる清野の姿を見て衝撃を受ける。

〈清野は前から私に帰依していたのではなかったか。しかし滝しぶきを後光とした彼の体と顔とに現われている精神の高さは私のものと比ぶべくもない。私は驚きに打たれると間もなく妬みを覚えたのである〉

 嫉妬の対象は、清野が信仰する神か、それとも清野自身だったのか。このときを最後に、「私」が清野に会うことは二度となかった。

新潮社 週刊新潮
2023年9月14日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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