『フランス料理の巨匠たち』
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日本へのヒントに満ちた美食ビジネスの巨匠たちの肉声
[レビュアー] 林操(コラムニスト)
スペインだデンマークだの超前衛料理の店が世界トップのレストランだと囃される流れが一段落。フランス料理復権中のタイミングとはいえ、本場の名店のシェフたちの声を集めた、あの柴田書店刊の専門書をなぜ今ココで紹介、いや、推薦するのか。
最大の理由は、この本が美食や料理、それどころか食べることにさえ興味のないアナタにとっても、一読して損はない可能性が高いから。1930~80年代生まれの料理人29人のインタビューは元々、専門誌の連載ゆえ、プロ、それもプロ中のプロが噛み砕きすぎず綺麗事を抑えて語る“本当の話”に触れられる。
しかも彼らは単に料理調理の名人であるのみならず、企画・営業・人事、つまりは企業の経営の達人にして、修業・研修・教育、つまりは個人の成長の体現者。なおかつ、彼らが失敗あれこれ(若い時分グレてたりミシュランの星を減らしたり果ては破産したり)だって明かしてくれるんだから、料理や美食の域を超えた読みどころ、学びどころが満載なのよ。連れていかれた銀座のアラン・デュカスや赤坂のピエール・ガニェールの料理やサービスより、この本で彼ら本人が繰り出す言葉の方に、ずっと強く感銘を覚えたくらい。
お薦めのわけはもうひとつ。29人のシェフは生まれから栄達までの道のりが見事にバラバラで、星付きの老舗の跡取りもいればモロッコの孤児院育ちもいるし、料理学校の優等生もいればピザ屋出身の独学者もいる。インタビュー(連載はパンデミック前)に女性やアフリカ系、アジア系が登場しないのは残念ながら、フランスに幅広さと生きやすさ、成長しやすさと成功しやすさがあるからこそ「巨匠」が輩出するんだなと、読んでて実感しちゃうのよ。
多彩なキャラクターたちの冒険と達成を追体験するグルメ漫画のような愉しさと美味しさ。ニッポンのつまらなさと息苦しさを忘れ、そこまでを堪能できる一冊でもあります。