『走る道化、浮かぶ日常』九月著(祥伝社)

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走る道化、浮かぶ日常

『走る道化、浮かぶ日常』

著者
九月 [著]
出版社
祥伝社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784396618094
発売日
2023/08/02
価格
1,760円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『走る道化、浮かぶ日常』九月著(祥伝社)

[レビュアー] 尾崎世界観(ミュージシャン・作家)

世間の「変」を真剣に暴く

 お笑い芸人が好きだ。だから、このごろ芸人が書いたエッセイに食傷気味だったにもかかわらず、ついこの本を手に取ってしまった。そして読み始めてすぐにこれはどこか違うと思い、それが何か考えるうちに、著者が「変」と徹底的に向き合っていることがわかる。

 「変」は笑いにとても近い。だからほとんどの場合、「変」を見つけたらまず面白がったり、不思議がったり、自分も変だからこそこの変に気づけた、とあえて宣言してみたりする。そうすれば自分が「変」ではなくなるし、「変」を「変」と確かめ合うことで、他者とコミュニケーションが取れるからだ。でも著者はそれをしない。真顔で「変」に向き合い、その正体を突き止めてしまう。随所に笑いをちりばめながら、あくまで真剣に「変」を暴いていく。さらにはそれに飽き足らず、今度は「変」のフリをした「普通」にまで目をつける。

 普通こそ変だから、読者は手軽なモヤモヤを言語化して解消してもらうどころか、世間の常識で端から決めつけられた「普通」のおかしさを知ることになる。それにしても、世の中を見る視力が良い。多くの人にはボヤけているはずのものがあれだけはっきり見えたら、さぞかし面倒くさいだろう。

 よくファンがバンドに「初期は良かった」と言うけれど、この本にはその「初期」が詰まっている。事務所に所属せずフリーで活動する著者の今が、まだ広く知られてはいない、ファンが後々マウントを取るためのかけがえのない時期だとすれば、だからこそ一切古びることがなく、この本の中では過去さえも隅から隅までが現在だ。

 まだ持っていないからこそ持っている物。自分が無くしたものばかりが書かれていて羨ましくなると同時に、この本に自分の中の「変」を普通に、「普通」を変にしてもらえたことを感謝したくなった。「世界観」が言うのも何ですが。

読売新聞
2023年9月15日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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