『絶対に後悔しない会話のルール』
書籍情報:openBD
吉原珠央『絶対に後悔しない会話のルール』(集英社新書)を大島育宙(やすおき)さんが読む 「潤い成分多め」の実用書
[レビュアー] 大島育宙(芸人・YouTuber)
「潤い成分多め」の実用書
説教臭さのない実用書だ。コミュニケーションの具体的なポイントをできる限り細かく示しており、並んでいるテクニックやティップスの一つ一つに奇(き)を衒(てら)ったものはなく、どれも言われてみれば確かにそうだと思えるものだ。当たり前のことほど、説明するのは難しい。
個々の挿話も、日常の些細な会話の一幕を切り取ったエピソードなのだが、確かに著者の切実な体験談に基づいているに違いない、という温度が感じられる。
例えば、決めつける前に観察する、という項では著者の小学生時代のエピソードが語られる。テスト中に問題用紙に印刷の不備があり「心霊写真だ! 」とクラスメイトがざわつく。著者は後ろの席の子にしつこく「どれが心霊写真なの? 」と聞かれ、問題用紙を後ろの席から見えるようにしてやり過ごそうとしたが、その瞬間を先生に「カンニングです! 」とみんなの前で叱られてしまったという。ここからこの項では「その時、先生はどうすれば良かったのか」という議論にスムーズに移行するのも面白い。
私が読んできたハウツー本の多くでは、具体的なエピソードは効率偏重主義の名の下に要約され、具体例なのに具体性を奪われ、骸骨のようになっていた。それがこの本では、血肉を備えたまま挿話が活(い)け造りにされているようだ。思えば、どこまでテクノロジーが進んでも、コミュニケーションとはつまるところ人間同士の血肉の交換である。コミュニケーションの教科書としてエピソードに血が通っているのは至極真っ当だ。
また、自己啓発書でありがちな「私は過去にこんなにダメでした。しかしこうするとこんなに良くなりました」というただの高低差エピソードもないのが嬉しい。過去の自分を大げさに卑下し、現在の自分をより良く見せる具体例ほど冷めるものはない。コミュニケーションのプロである著者はさすが、私のような小うるさいエピソード警察の心理も熟知している。
「それができれば苦労しないよ」という当たり前や理想論だらけの乾いたコミュニケーション本で悩みが解決しなかったあなたに、潤い成分多めの本書をおすすめする。
大島育宙
おおしま・やすおき●芸人・YouTuber