「20歳の女性」が強烈に溺れた「奔放な人妻」と夫…小橋めぐみが忘れられない作品
夏の朝5時、打ち震えながら『恋』を読み終えた。
1972年2月、浅間山荘事件が終結した日、軽井沢で女子大生の矢野布美子は大学助教授の片瀬信太郎を猟銃で撃って重傷を負わせ、電機店従業員の大久保勝也を射殺した。そこには片瀬の妻、雛子もいた。
当時の新聞では小さく扱われただけのこの事件に、20年後、ノンフィクション作家の鳥飼が興味を持ち、真相を探るため、社会復帰していた布美子に近づく。はじめは話すことを固く拒んでいた布美子。だが、癌を患い、死期を悟った彼女は一切を明かす決心をする。
20歳だった布美子は優雅で魅惑的な片瀬夫妻に出会い、新しい扉が開かれたのだ。26歳の雛子は複数の男と関係し、33歳の信太郎はそれを認めている。奔放な夫妻に布美子は戸惑うが、いつしかその中にのめり込んでいく。
信太郎に惹かれ、やがて関係を持ち、そうと知って祝福する雛子とキスを交わし、同性愛的なものに目覚めてもいく。私も布美子ならきっと同じ道を辿るだろうと思わせるほど緻密に描かれた心情に、そのときの情景に、心を奪われ続け、感情移入してしまう。
「私が恋をしたのは、信太郎と雛子に対してであった。いずれかが欠けていたら、あの凄まじく強烈な恋に心身共に溺れることは不可能だった」
そんな微妙で繊細な均衡はひとりの青年、大久保の登場によって破壊される。
雛子が大久保と恋に落ちたせいで最上の幸福をぶち壊された布美子の言動は、静かに狂っていくのである。
なぜ、大久保は殺されたのか。彼は片瀬夫妻と布美子が構築した楽園に割り込んだ「現実」だった。現実からやってきて、楽園に生きる者たちを嘲笑い、揺さぶった。だが、楽園に現実はいらない。恋は、時に常識や正しさの外にある。
〈“いかに行動しようとも、少なくともそれは無為よりはましであった”―R・B・シューウォル『悲劇の探究』より〉
エピグラフに引用されたこの一文は、あのとき、ああしなければ、と過去を反芻し続ける布美子への慰めだ。そして、恋をするすべての人の背中を押す言葉だ。
完璧な作品。『恋』を読み終えたこの夏の朝の幸福感を、私は忘れられない。
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