『日本の動物絵画史』金子信久著

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日本の動物絵画史

『日本の動物絵画史』

著者
金子 信久 [著]
出版社
NHK出版
ジャンル
芸術・生活/絵画・彫刻
ISBN
9784140887134
発売日
2024/01/10
価格
1,485円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『日本の動物絵画史』金子信久著

[レビュアー] 岡本隆司(歴史学者・早稲田大教授)

描く「楽しみ」 古来の軌跡

 開巻劈頭(へきとう)、いきなり「みなしごハッチ」や「ど根性ガエル」が出てきて、思わずうれしくなった。動物が心をもつ物語に溢(あふ)れていた少年時代を共有する著者の動物絵画案内、しかも日本の古代から近代まで通観する歴史書であれば、歴史家として、やはり看過できない。

 日本人が動物を描き続けていた意味を問いなおし、「世界的に見て非凡、特別なことなのである」と一息に断案した。そんな歴史を繙(ひもと)いてゆく。

 佛教伝来・鳥獣戯画から説き起こして、つきとめたのは動物たちの「絵の楽しみ」。それが中国から伝わった禅宗・水墨画を通じて、「絵の中の動物のかわいらしさ」に発展し、近世の豊饒(ほうじょう)な作品の母胎をなした。

 ●風(びょうぶ)絵から図鑑まで、さまざまな絵画を堪能できるのが、江戸時代である。若冲・応挙・蕪村ら、誰もが知る画家の作品はもとより、「かわいい動物絵画の描き手」として第三代将軍・徳川家光まで登場したのは、興味深かった。描きたいように描く「家光リアリズム」という画風の指摘が、あらためて「楽しみ」という論点にむすびつく。

 そしてそうした「動物絵画」が、明治以後に押し寄せた近代西洋の「藝術(げいじゅつ)」という荒波に対抗するよりどころになった。近代美術の範疇(はんちゅう)に、動物が題材として含まれていなかったからである。動物たちの描写は、確かに「特別な」日本絵画、もう「一つの『近代美術』」ではあった。

 新書にしては、ややお高い。けれどもフルカラーで絵画をふんだんに収載、本物の実見鑑賞にそなえた、携帯のガイドブックとしても使える。それなら安価といえるかもしれない。

 いな、いかめしい歴史ではなく、さもしいコスパでもなく、何より「絵の楽しみ」「かわいい動物絵画」を満喫できるのが、本書の本領だ。それはやはり「非凡」な絵画史を有するわれわれの特権にほかならない。(NHK出版新書、1485円)

読売新聞
2024年4月5日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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