<書評>『遠い声、遠い部屋』トルーマン・カポーティ 著

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遠い声、遠い部屋

『遠い声、遠い部屋』

著者
トルーマン・カポーティ [著]/村上 春樹 [訳]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784105014094
発売日
2023/08/02
価格
2,530円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

<書評>『遠い声、遠い部屋』トルーマン・カポーティ 著

[レビュアー] 重里徹也(聖徳大特任教授・文芸評論家)

◆染められていく無垢な魂

 トルーマン・カポーティ(1924~84)はアメリカの作家。映画化された『ティファニーで朝食を』や殺人犯を描いたノンフィクション・ノベル『冷血』などで知られる。そのカポーティが23歳の時に発表した初めての長編小説になる。

 小説の舞台は米南部の小さな町にある奇妙な屋敷とその周辺。主人公のジョエルは13歳の少年で、母親を亡くしたため、母親と離婚して会ったこともない父親を訪ねて、この荒れた屋敷を訪れる。少年のこの屋敷での特異な経験が描かれていく。

 父親にはなかなか会えない。逆に奇妙な人物たちが少年をもてあそぶ。父親の再婚相手のヒステリー気味の女性。そのいとこで、過去の思い出の中で生きている癖の強い男性。使用人で心身にダメージを負っているように見える黒人女性。敷地内の小屋に住んでいる、その祖父。

 隣家の双子の姉妹は対照的な性格で、特に野生動物のような妹が印象的だ。廃虚になったホテルに住み続ける黒人男性も輪郭が濃い。小人の女性芸人も、主人公を翻弄(ほんろう)する。登場する人物たちは、いずれも人生に深い傷を負い、世界に対して、あきらめたり、絶望したり、恐れたり、呪ったりしている。

 悪夢のような光景が続く。しかし、不思議な奥行きがある。比喩が多用され、鮮やかなイメージが乱反射するのだ。グロテスクな描写があったり、謎に満ちた展開をしたりする。暗示や象徴に立ち止まる場面にもよく出くわす。それでもやがて、一つの無垢(むく)な魂がこれらのゆがんだ世界にいやおうなく染まり、対応していく光景が見えてくる。

 今回、新しく訳した村上春樹は雑誌『MONKEY』第30号(スイッチ・パブリッシング)のインタビューで、カポーティに対する思いを詳しく語っている。「僕にとってはとても大事な作家」だという。愛着の表れか、翻訳はこなれていて、歯切れがいい。センテンスが短く、リズミカルだ。不思議で難解な小説世界なのに、日本語は読みやすく、親しみやすかった。

(村上春樹訳、新潮社・2530円)

19歳で執筆した「ミリアム」で米国の文学賞「O・ヘンリー賞」を受賞。

◆もう一冊

村上春樹訳『ティファニーで朝食を』(新潮文庫)。自由で純粋な女性像が魅力。

中日新聞 東京新聞
2023年9月24日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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