ペドフィリアは「Q+」に含まれるか 沈黙する学者たち

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イン・クィア・タイム

『イン・クィア・タイム』

著者
イン イーシェン [編集]/リベイ リンサンガン カントー [編集]/村上 さつき [訳]
出版社
ころから
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784907239633
発売日
2022/08/05
価格
2,420円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

ペドフィリアは「Q+」に含まれるか 沈黙する学者たち

[レビュアー] 栗原裕一郎(文芸評論家)

 8月末、Xで「#ペドフィリア(小児性愛)差別に反対します」なるハッシュタグがトレンド入りした。

 何事かと思っていたら、小出版社「ころから」が、「ペドフィリアを含むあらゆる内心の自由について、いかなる制限もなく保障されるべきだと考えております」との告知を掲げた。目を疑うべき事態である。

 あらましはこうだ。昨年8月、ころからは『イン・クィア・タイム』というアジア系クィア作家アンソロジーを翻訳出版し、作家の王谷晶に帯文を依頼した。ところが、王谷がペドフィリア差別発言をしていると本書訳者の村上さつきとその連帯者が指摘し、帯文の撤回を要求したのである。王谷の「『LGBTQのQにペドフィリアが含まれる』はデマだ」というツイートが糾弾されたようだ。

 王谷には、トランス差別を指摘されて長文の反省文を書き、熱心なアライ(支援者)に転じた過去があった。王谷は今回も自らの差別意識を自覚反省し、ペドフィリア差別反対を一旦は表明したものの、自分は実は小児性犯罪被害者だと告白した後、混乱を理由に表明を取り下げた。だが糾弾は止まず、王谷はXのアカウントを削除した。村上さつきや連帯者たちも次々に凍結されてしまった。

「Q+」にペドフィリアが含まれるか否かについて、LGBT運動側でも意見が真っ二つに割れた。強硬に排除せんとする弁護士やジャーナリストがいた反面、すべての性的マイノリティの包摂を理念とするクィア理論に従えば当然含まれるとする声も多かった。

 リクツでいけば、含まれるとしなければ筋が通らない。ペドフィリアをQ+から排除するのは歴史的背景のある政治的戦略なのだ。

「すべての差別に反対します」は耳当たりのいい宣言だが、ペドフィリアをはじめとする多種多様なパラフィリア(性嗜好異常)を「多様性」の名の下に包摂することができるかは理念で片付く問題ではない(朝井リョウ『正欲』がこの問題を取り扱っている)。

 卑怯だと思ったのは、LGBT理解増進の旗を振ってきたクィア理論を奉じる学者らが、混乱に口を噤んだことだ。旗幟を示せよ。

新潮社 週刊新潮
2023年10月5日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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