<書評>『入り江の幻影』辺見庸 著

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入り江の幻影

『入り江の幻影』

著者
辺見 庸 [著]
出版社
毎日新聞出版
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784620327846
発売日
2023/07/31
価格
2,200円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

<書評>『入り江の幻影』辺見庸 著

[レビュアー] 小池昌代(詩人・作家)

◆危うい時代を見つめる眼

 六つの章に収められた作品には、小説ありエッセイあり本の紹介あり。しかし自身の初接吻(キス)についての「墓と接吻」(これは凄(すご)い)に続き、武田泰淳(たいじゅん)の短編「汝(なんじ)の母を!」を紹介した一文を読むと、もはや分類はどうでもよくなる。一冊丸ごと、文学と現実社会とを荒縄で繫(つな)ぐ。この人ならではの迫力ある書法だ。危うい時代を見つめる閃光(せんこう)のような眼差(まなざ)し。読者はその眼(め)を追っていくが、いつしかその眼に見つめ返されている。

 著者は現在、脳出血の後遺症による麻痺(まひ)を抱え、リハビリの必要もあって老人保健施設へ通う。本書を貫く思考は、その日常を岩盤の土台として紡がれ、文章には、生きる腐臭すら漂う生々しい実存、ぴりりとしたユーモア、したたかな跳躍が感じられる。副題は《新たな「戦時下」にて》。ある番組で、2023年はどんな年に? と聞かれたタモリが「新しい戦前になるんじゃないですかね」と発言したことに端を発する。戦争の影が近づいてきている。その認識をもって読む「宵闇」もまた、戦慄(せんりつ)の創作。

(毎日新聞出版・2200円)

1944年生まれ。作家。『完全版1★9★3★7イクミナ』など。

◆もう一冊

『評論集 滅亡について 他三十篇』武田泰淳著、川西政明編(岩波文庫)。泰淳の出発点。

中日新聞 東京新聞
2023年10月1日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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