『池崎忠孝の明暗 教養主義者の大衆政治』佐藤卓己著

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池崎忠孝の明暗

『池崎忠孝の明暗』

著者
佐藤 卓己 [著]
出版社
創元社
ジャンル
社会科学/社会
ISBN
9784422301068
発売日
2023/06/15
価格
2,970円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『池崎忠孝の明暗 教養主義者の大衆政治』佐藤卓己著

[レビュアー] 鵜飼哲夫(読売新聞編集委員)

漱石門下 日米戦を「扇動」

 芥川龍之介に久米正雄、寺田寅彦、内田百●……。漱石門下は綺羅星(きらぼし)の如(ごと)くである。その一人、赤木桁平(こうへい)(1891~1949年)はご存じだろうか。東京帝大生時代に発表した「『遊蕩(ゆうとう)文学』の撲滅」が、文壇大家を巻き込む論争を引き起こした風雲児だった。

 池崎忠孝の名はどうか。「萬(よろず)朝報」論説記者を経て、大阪商人になった忠孝は、ベストセラーの軍事評論『米国怖るゝに足らず』をひっさげ、戦時下の衆議院議員となった。1941年の真珠湾攻撃を前に『日米戦はゞ』、開戦後には『長期戦必勝』を発表したため戦後、A級戦犯容疑となり、歴史から忘れられていった。

 この二人、実は同一人物で、本名は赤木忠孝、養子となり姓が池崎となった。「近代日本メディア議員列伝」(全15巻)の第1回配本は、一身にして二世を経るがごとく生きた教養主義者の姿を、綿密な考証で浮き彫りにする。

 大家だろうが、大国アメリカだろうが、直言するのが忠孝の持ち味。大学で同学年の芥川よりも早く漱石に師事し、機を見るに敏だった彼は、芥川の文壇評価の高まりにつれて論壇に足場を移し、こんどは戦前の反米世論の高まりという時流に身を投じた。

 もとより国民の声を聞くことは肝要とはいえ、大衆の共感を重視する「メディアの論理」に乗ったことが、忠孝の悲劇だったと著者は見る。その通りだろう。世論(大衆感情)と輿論(よろん)(公的意見)は違い、情に棹(さお)させば流されるからだ。

 本書の面白さは教養人・忠孝の活写ぶりにもある。アジア人差別を批判し、『米国怖るゝに足らず』と言いながら、一方で、日米の戦力差を認識し、「攻めた方が負け」と語る専守防衛論者で、日本の育英事業の基礎を作った文教議員でもあった。しかし、「要は――」とレッテルを貼るメディアの要約では、日米戦の扇動家とされた。メディアの寵児(ちょうじ)がメディアに呑(の)みこまれていくさまを、私は複雑な思いで読んだ。(創元社、2970円)

読売新聞
2023年10月6日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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