<書評>『近代日本メディア議員列伝6 池崎忠孝の明暗 教養主義者の大衆政治』佐藤卓己 著

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池崎忠孝の明暗

『池崎忠孝の明暗』

著者
佐藤 卓己 [著]
出版社
創元社
ジャンル
社会科学/社会
ISBN
9784422301068
発売日
2023/06/15
価格
2,970円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

<書評>『近代日本メディア議員列伝6 池崎忠孝の明暗 教養主義者の大衆政治』佐藤卓己 著

[レビュアー] 御厨貴(東京大学先端科学技術研究センター客員教授)

◆戦前が生んだ言論人の実像

 なかなかの野心作である。池崎忠孝というメディア政治家をとり上げ、その活動を二十世紀前半の歴史の中に蘇(よみがえ)らせる著者の意図は何か。池崎については、トンデモない議論(日米戦えば日本が勝つ)を戦前くり広げた言論人として、これまでは眉をひそめて放ち置く存在であった。しかし著者の実証と推論を重ねて、手の内を見せながらその存在を確定していく方法に従えば、そこにアナザーヒストリーを発見できる。確かにトンデモない議論の持ち主だが、だからといって全否定すべきものではない。

 戦前の日本を彩る様々(さまざま)の要素を、著者は池崎の中に見出(みいだ)す。そもそも政治家をめざした文筆家というあり方が面白いではないか。旧制高校という戦前日本の教育制度の中でこそ、文章にたけた自らをエライと信じて疑わぬ池崎のような人間が育つ。やがて「帝大文士」として漱石山房の一員となり、大正教養主義の中を一直線に進んでゆく。

 そして卒業するや一角の「職業評論記者」となり、ついで義父の家業を継いで「メリヤス業者」として実業の世界に転ずる。人はこんなにも職業を変えうるのか、驚きである。その間に池崎を決定づける「軍事評論家」として世に認められてゆく。いよいよ政治家への道だ。中立の衆議院議員として終始するのが意外である。決して政党には属さない。院内小会派を渡り歩きながらも、近衛内閣の下で文部参与官をきちんと務め、木戸幸一、風見章という近衛側近と密接な関係を築きあげていく。これまた政党政治家とは異なる政治家のアナザーヒストリーではないか。

 戦後は「A級戦犯容疑者」として、悪あがきせず、自らの責任をひきうけようとする。トンデモ男の神妙な一面である。かくて病を得て釈放後、五十八歳で亡くなる。若き死にびっくりするが、一身にして多様な職種をこなした人物の生涯としては充分であったろう。言うところは矛盾に満ちていたにせよ、それもまた戦前日本が生み出した一つの教養人のあり方に他ならなかったのである。

(創元社・2970円)

1960年生まれ。京都大大学院教授・メディア史。

◆もう一冊

『黒船の世紀 <外圧>と<世論>の日米開戦秘史』猪瀬直樹著(角川ソフィア文庫)

中日新聞 東京新聞
2023年7月30日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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