「脳に興味があった」くるり・岸田繁が中野信子に“恐怖”を告白 ロスジェネ世代の共感対談

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

脳の闇

『脳の闇』

著者
中野 信子 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
自然科学/自然科学総記
ISBN
9784106109836
発売日
2023/02/01
価格
946円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

「脳に興味があった」くるり・岸田繁が中野信子に“恐怖”を告白 ロスジェネ世代の共感対談

[レビュアー] 新潮社


中野信子さんと岸田繁さん

脳科学者で医学博士の中野信子さんが、自身の半生と脳科学の知見から人間の厄介さを解き明かしたベストセラーの『脳の闇』(新潮新書)。

この本を手に取りInstagramで「面白い」と発信したのは、ロックバンド「くるり」のボーカリスト兼ギタリスト・岸田繁さんだった。

どうしてミュージシャンが『脳の闇』に興味を持ったのか、「小説新潮」11月号で実現した異色対談から紐解くと、年齢が一歳差という二人の同世代ならではの共感があった。また、岸田さんは精神的に落ち込んだりプレッシャーを感じたときに声が出なくなるという“恐怖”を味わっていたことも告白している。ロスジェネ世代の二人がいま、語り合ったこととは――。

(※以下は「小説新潮」11月号に掲載された対談の一部をもとに再構成しました。)

***

■「俺あかんな」大きな決断ができないことをネガティブに捉えていたが…


岸田繁さん

中野:『脳の闇』に目をとめてくださってありがとうございました。

岸田:とても面白かったです。僕は曲を一気に作らないといけないとき、異様に集中力を発動することがあり、どの瞬間に集中力を発揮させて、どの瞬間に収めるか、ということを効率よくできるようになりたいと常々思っていて、脳には興味があったんです。そうしたら『脳の闇』が引っかかってきて。読んで面白かったのでインスタに上げました。

中野:知り合いから次々に「岸田さんが反応してるよ」と、DMが送られて来て、胸熱でした。

岸田:僕は本当につられやすい消費者なので、すぐに役に立つ本がわりあい好きなのですが、『脳の闇』は読み進めても何か答えが出ているわけではないというか、結論が書かれていないところが良かったです。

中野:今はすぐに役立つ本が売れる時代ですね。私はあまのじゃくなので、すぐに役に立たない本を結構書いています。『脳の闇』は特にそうです。どうかな、と思っていましたが、明日使えるライフハックではない本が受け入れられている事実はすごく明るいニュースだね、という声を版元さんや書店さんからいただいて、ありがたい限りです。生きていくのに役に立たない何かにお金を払う、時間を使うということこそが文化のバロメーターだと思っています。音楽は、今日食べるご飯にはならないかもしれないですが、明日を生きる力になる。

岸田:普通に生きていても、結論を出さないといけないことは大なり小なりあると思っていましたが、最近、ほとんどのことが小さな決断の連続のようでいて、実は答えを出していないな、ということに気がついて。後回しにしていたり、なかったことにしていたり、あるいは自分で決断したと思っていても、身近な人に背中を押してもらったからできていたり。自分では大きな決断ができないことを「俺あかんな」とネガティブに捉えていたのですが、『脳の闇』を読むと、それもありだと思えました。音楽も、僕にはメッセージというほどのものがあるわけでもなく、ふわっとした立ち位置でやっているんですけど、それでいいと後押しをしてもらったような感覚があります。

中野:そこを的確に指摘されたのは岸田さんで2人目です。最初はジェーン・スーさんに、中野さんの本はいつも結論が書かれてないねと言われました。結論を出さないことを自分に課しているようなところもあるんです。答えを一つに決めてしまうことが、誰かを追い詰めることになる。例えば、こうすると脳機能が高まる、などエビデンスがあるようなことでも、そうしない人は情弱または努力不足で、脳機能が低いのは自業自得などという考え方に結びついてしまいやすいのです。そのことに私は警戒感があります。敢えて決めずに考えることを楽しんでもらいたいという気持ちで書いたものを、しっかりと受け止めてくださってすごく嬉しいです。「くるり」の音楽でも、アルバムによって色々な在り方があって、一つの方向性を決めてしまわないことで生まれる豊かさや情緒を岸田さんも大事にされているんだろうなと感じています。

岸田:音楽にも色々あるよと言いながら、実は一つの世界しかない、という感じですね。

中野:色々やってみても滲み出る岸田さんらしさみたいなところに、みんな惹かれるのだと思います。

岸田:「すぐに役に立たない」というお話じゃないですけれど、時間が経って浸透したりするものは必ずあるし、『脳の闇』も中野さんの芯みたいなコアの部分が僕に刺さったから、すごい力を持って楽しめたんだと思います。書き手のパーソナリティーというと広すぎますが、書き手がどういう「おかしさ」を持っているのか、そういうものが見えると楽しい。今度出すオリジナルアルバムの歌詞を書いているときに『脳の闇』をたまたま読んでいて、最後に歌詞を書いた曲には「馬鹿な脳」というタイトルをつけました。読んでいなかったら、たぶん全然違う曲になっていました。

中野:ファンの方に怒られそうですが嬉しいです。自分の書いた文章を読んだ誰かが、知らず知らずのうちに同じ言葉を使っていたらすごく嬉しい。そういう念を込めながら書いているところもあるので、それは知らず知らずのうちではないのかもしれないけれど、私の文章が染みた証をいただくことができたようで、とても励まされます。

新潮社 小説新潮
2023年11月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク