『あなたが誰かを殺した』
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大ヒットドラマ&映画を凌駕する綱渡りのような美しき謎解きミステリ
[レビュアー] 若林踏(書評家)
徹底したフェアプレイと騙しの技法がせめぎ合うミステリだ。
『あなたが誰かを殺した』は、刑事の加賀恭一郎が登場するシリーズの十二作目に当たる作品だ。大ヒットしたドラマ版及び映画版で描かれる、登場人物たちの人生模様に魅せられた読者は多いだろう。だが原作が持つ本来の魅力は謎解き小説で使われる趣向を発展させる試みにある。本書も既存のミステリに対する実験的な精神に溢れているのだ。
ある別荘地に複数の家族が集うところから物語は始まる。彼らは毎夏バーベキュー・パーティを開いており、この年も各々の家族が優雅な夕べを楽しんでいた。だが、幸福な時間は悲劇へと変わる。パーティが開かれた晩、悍ましい事件が彼らを襲う。
リゾート地を舞台にした謎解きミステリの定石をなぞった出だしだが、この後の展開はちょっと変わっている。事件後、被害者家族となった者たちが独自に真相を暴くための検証会を開催する。事件関係者の一人と知り合った加賀もこの会に加わり、謎解きに乗り出す。検証会という純粋に推理だけが交わされる空間を作り出すことで、本書では最後まで謎解きへの興味が全く途切れることなく続くのだ。
検証会で関係者が語る証言は真実とは限らず、推理を進めるためにはまずその真偽を見極めるという迂遠な手続きを経なくてはならない。加賀はその手続きを、論理的な思考の積み重ねによって丁寧に踏んでいく。取っ散らかった情報が整然と並べられていく過程には美しさを感じるだろう。読者に堂々と手がかりを与えつつ、そこから目を逸らすための大胆な技法が用いられていることにも注目だ。先達の作家たちが培ってきた目くらましの小説技法を、更に綱渡りのような試みに挑むことで磨きをかけている。東野圭吾は謎解きミステリへの野心を手放さない作家だ。