『スポーツ3.0』平尾剛著

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

スポーツ3.0

『スポーツ3.0』

著者
平尾剛 [著]
出版社
ミシマ社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784909394927
発売日
2023/09/15
価格
2,200円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『スポーツ3.0』平尾剛著

[レビュアー] 尾崎世界観(ミュージシャン・作家)

感動の裏 様々な違和感

 音を言葉にすることに違和感がある。インタビュー中に新曲について語る際も、自分が作った曲を完全に表す言葉が見つからない。それはスポーツも同じで、体の動きをすべて言葉で表すのは難しいだろう。言葉にした時点で、体は言葉に縛られる。だからスポーツについてある部分から先へは、もう踏み込むことを諦めていた。たとえばスポーツ選手が受ける試合後のインタビューは、これぞスポーツ選手のインタビューという雛形(ひながた)があり、はなから体と言葉は別物だと考えているように思う。本書はそうした違和感をもとに、言葉でスポーツに踏み込む。

 コロナ禍で強行されたオリンピック、「体育会系」の上下関係や「勝利至上主義」によって引き起こされるハラスメント、昭和のスポ根漫画の影響で根付いたスパルタ教育や根性論、体育の授業における「できる/できない」といった能力の数値化、テクノロジーの介入で奪われるからだとの対話、選手を脅かす人種差別など、スポーツにまつわる様々な問題を考える。それは、何度も相手にぶつかっていくラグビーさながら。

 「話すスポーツ」と「読むスポーツ」はこんなにも違う。ただ観(み)ているだけで、気づかぬうちにスポーツから多くのものを搾取していたのかもしれない。感動の裏にこそ、べったりと問題が張りついていると知る。

 また、パスに関する話題も興味深い。投げ手は敵のプレッシャーに耐えながら相手の動きを読んでスペースをみつけ、受け手はまだ投げ手にしか見えていないスペースを信じて走り出す。現在では投げ手のスキルアップを促す指導が主流だが、パスをつなぐための意識の負担を受け手が背負うことの重要性を著者は説く。これはそのまま書き手と読み手の関係にも当てはまるだろう。「どんなパスでもキャッチしてやる」という受け手の姿勢。今スポーツの未来は読み手に委ねられている。(ミシマ社、2200円)

読売新聞
2023年10月27日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク