水増しの理由は予算が取りやすいから? 「脅しの防災」が定着した驚きの過程
[レビュアー] 篠原知存(ライター)
小5の次男が未来予知の動画にハマッていて、何月何日に災害が起きるらしいよ、などとしきりに心配している。子供だねぇとニヤニヤして聞き流していたけど、本書を読んで笑顔が引きつった。どうやら自分もリテラシーが足りなかったか。
東海から九州沖にかけてM8~M9クラスの巨大地震が懸念される南海トラフ地震。30年以内の発生確率が70~80%に達していて「切迫性の高い状態」というのが気象庁地震火山部の解説情報。みんな素直に信じているのでは。私もそうでした。
でもじつは、一般的な計算式だと発生確率は20%程度なのだという。南海トラフ地震だけ、非科学的な方法で算出されて数字が跳ね上がっている。ウソでしょ……と言いたくなるような話だけど、どうしてそんな事態に至ったのかを解説してくれるのが本書である。
著者は中日新聞記者。この取材で科学ジャーナリスト賞に続いて今年の菊池寛賞を受賞した。発生確率について専門家が話し合った会合の議事録を検証し、出席者から話を聞いて「脅しの防災」が定着した過程を追っていく。
最初に確率が水増しされた理由はじつにシンプル。「危機が迫っていると言うと、予算を取りやすい環境」だったから。委員の一人だった地震学者がそう明かして、当時の判断ミスを認めている。
その後、学者たちが修正を図っても、防災や行政の担当者から「確率を下げることはけしからん」と横ヤリが入り、危険性をあおる〈ご都合主義の科学〉が定着して現在に至る。
実際の発生確率は低くても、いつか地震は起きるから、異論を挟むのは難しい。といって大袈裟でOKって話でもないはず。著者も記すように、南海トラフ地震が過度に注目されるせいで、他の地域で被害が拡大する可能性もある。確率はあやふやなものと割り切って、しっかり災害に備えるのが吉のようです。