「暗闇」がないと人類も地球上の生物もダメだった ”闇”の力を説く科学エッセイ

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暗闇の効用

『暗闇の効用』

著者
ヨハン・エクレフ [著]
出版社
太田出版
ジャンル
自然科学/自然科学総記
ISBN
9784778318918
発売日
2023/09/20
価格
2,420円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

失われた闇を取り戻すべく闇のもつ大きな力を説いた科学エッセイ

[レビュアー] 渡邊十絲子(詩人)

 都市部に住んでいると夜の闇を実感する機会がない。たまに自然の中へと旅をして星空を眺めたりすると、自分の暮らしの中に満天の星がないことの不自然さに気づく。

 人類は長いあいだ闇をおそれ、追放しようとしてきた。外敵から身を守るための情報収集を視覚に頼っているからそれは当然のことだが、近年は「暗くない夜」の生む害についても知られ始めた。妊娠・出産のカレンダーが狂って、生まれてきた子どもが季節の食べ物を得られない動物、受粉を助けてくれる昆虫とすれ違い、実がつけられない植物。海の中のサンゴさえも繁殖のタイミングをつかみそこねている。動植物の大量死はあちこちで起こっているが、人工的な光もその原因のひとつとして重視しなければならないようだ。月の光は太陽光よりはるかに弱いものだが、それを「待ち合わせ」のサインに使っている生き物は多い。夜空の雲に都市の光がぼんやり反射するだけで、月光のサインは撹乱されてしまうのだ。

 この本には危機感をあおる演出のようなものがなく、たんたんとした記述が心地よい。世界の国々の現状もわかる。フランスでもアメリカでも、街灯や看板広告の照明が広範囲にもれることで起こる害を警戒し、規制し始めている。スウェーデンのある病院では、照明の光の色や強さを時間帯ごとにコントロールして、働くスタッフの健康を守っているという。六本木ヒルズの「暗闇をできるだけ維持しようという努力」についても言及されていた。

 地球上に存在するさまざまな生き物が、生存や繁殖のために暗闇を必要としている。それを妨害しないための工夫が、生態系の保全だけでなく人間自身の健康を取り戻すことにもつながるなら、取り組まない手はないだろう。「暗い」イコール「貧しい」だった時代は、もうすでにはるか遠い昔。闇のもつ大きな力を見直す時が来ている。

新潮社 週刊新潮
2023年11月23日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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